2004年11月01日

社員一人ひとりが「自分で考える」ための仕組み作り

短期的な視野と、長期的な視野。
どちらも大切であるが、その仕事における
立場の違いによって、どちらの視点で利益を
重視するか? は大きく違ってくる。

成果主義や年俸制の特徴としては、
該当期に、どれだけの利益を上げたのか?
を数値で判断するというのがある。

つまり、その期の結果こそがすべてであり、
「来期は頑張ります!」といっても、評価されないから
何の意味も無い。

だから、担当者あるいは、各部署の管理者は、
どちらかといえば、短期的な利益を追求せざるを得ない。
つまり、5年後、10年後のことより、
来月のこと、再来月のことのほうが、彼らにとっては重要なのだ。
もちろん、その考え方自体は自然であり、誰も否定できないだろう。

しかし、会社の経営という意味では、どうだろうか?
5年後、10年後のように、中・長期的な視点で
会社の方向性を決めることができなければ、
永続的に利益を出し続けることは難しいだろう。

中・長期的な視点でのビジネスとは、簡単に言えば
「今は利益にならないが、いずれ、大きな利益につながるような
ビジネスの下地作り」である。
このような「種まき」の段階を、しっかりこなしてきた会社は
数年後、大きな利益を、その畑から回収することができる。

しかし、実際に種まきに参加した担当社員は、
「今年は種まきだけだったので、まだ収穫はありません」
と答えてしまうと、その期は「評価無し」という
悲惨な状況になってしまう危険性がある。
だから、誰もが「種まき」より「刈り取り」を
重視してしまうのだ。

その問題の根源にあるのは、
「種まきの価値を正しく評価できない上司側」にも
あるのだが、そのような状況を放置しておくと、
多くの社員が「まだ育ちきっていない苗も、無理矢理刈り取る」
という行為に走ってしまうため、気づいたときには、
畑には何も残らないし、誰も種を撒いていない、
という「笑えない状況」になってしまう。

難しいのは、そこで撒いた種が、
「本当に芽を出すのか?」を判断する基準の設定だろう。

もしかしたら、芽は出ないかもしれない。
しかし、そのようなリスクは、ある程度覚悟しなければ、
いつまでも既存ビジネスに頼ることになるので、
それ以上の発展は無い。


1つの考え方としては、いわゆる
「種まき」的な業務と、「刈り取り」的な業務の
両方の視点から、その社員の仕事を評価するという
方法があるだろう。

だれもが「自分は刈り取りにまわりたい」と思うだろう。
そうやって
「今期は100本刈り取りました!」
「私は200本刈り取りました!」
と、自分の評価を報告したいはずだ。

だが、一方で、
『じゃあ、種はいくつ撒いたんだ?』
という質問を投げかけてみなければ、

「刈り取りは100本でしたが、種は1000粒撒きました」

「刈り取りは200本でしたが、種まきはやってません。」

という回答が返ってくるかもしれない。
そして、長期的に見れば、前者の社員のほうが、
会社に大きな利益をもたらしてくれるかもしれないのだ。

なぜなら、後者が刈り取った200本の中には、
まだ育ちきっていない苗が含まれていたかもしれないからだ。


一番大切なことは、種まきを担当した社員一人ひとりが
「この種は、いずれ、どんな苗に成長するのか?」
を、きちんと意識して、ビジョンを持った上で、種を撒くことだろう。

でなければ、ただ単に、数をこなすために、種を「消化」する
ような仕事しかできなくなる。


例えば、ティッシュ配りのバイトがあるが、あれは
「ティッシュを減らすこと」だけに集中して配っているとしたら、
本当に「広告効果」を意識した配布はできないだろう。

だとすれば、配る本人一人ひとりが、
「どうすれば、広告効果が最大になるか?」
を考えながら配れるような仕組みを作れば、
もっと、効率的に配れるし、宣伝効果も上がるに違いない。

具体的には、例えば、ティッシュの封入チラシに番号を付与しておき、
どのエリアで配られたものかが、あとで計測できるようにしておくとする。

そして、そのチラシ(や割引券)などを持ってきた客が多いエリア
のアルバイト(つまり配った人)に、臨時ボーナスを与えたり、
ランキングを発表して、時給を上げたりしてみる。

そうすれば、配る側も「ただ単に、数を減らすだけのため」に
配るのをやめて「本当に来店してくれそうな客に絞って配る」
というように、頭を使うようになる。その結果、無駄な配布が減り、
利益も上がるから、その一部を、配る人に還元するという流れ。

そのような「仕組み作り」をしっかり実施すれば、
ただ「無意味に数だけを追い求める」という仕事は
まったく意味がないということに気づく社員が増える。
その結果、担当者一人ひとりが「本当の利益とは何か?」
を、自ら考えて、追求するようになるのだ。

それは「早く数を消化する」という短期的な視点から
「どうすれば利益が生まれるのか?」という長期的な視点へのシフト。

その「視点の切替」こそが、これからの会社経営にとって、
本当に必要とされる「スキル」の1つなのである。

(次回につづく。)

presented by 幸せなサラリーマンになる方法
※この記事は、人気メールマガジン《幸せなサラリーマンになる方法−気づきの視点と発想力》の著者により提供されています。(C) Copyright 2004 無断転載を禁止します。コメント、トラックバック等はご自由にどうぞ。



この記事へのトラックバックURL

http://app.blog.livedoor.jp/shiawase3/tb.cgi/8748060
この記事へのトラックバック
を、やってます(笑)。←「会社を辞める理由、会社に残る理由」へのトラバ。 いや、別に、起業をやってるわけではないんですがね。 おかしいなあ、整理屋さんはもうやめたつもりだったんだけどなあ、私…。 まあともかく、ほんまに「笑えない状況」になっていたようなの.
種を撒く人【taka094's_days】at 2004年11月01日 21:51
この記事へのコメント
長期的な視点と短期的な視点

私も大和さんと同じ年代(もしかして同学年?)ですが、その世代に長期的視点をもたせるためには?と、考えさせられます。

私も確信犯的に「刈り取り」の仕事ばかりしております。恐らく、何年か後にこの会社は刈り取るものがなくなって衰退していくでしょう。
とはいえ、個人としてはその時はちゃんと種まきをしている会社に移ればよいだけの話です。日本になければ、アメリカだろうが中国だろうが韓国だろうが・・・・。問題は移れるように、自分の力を磨くだけです。会社のことなんて知ったこっちゃない、自分のスキルのために仕事をするだけです。

しかし、経営者の視点からみればこんな社員って困りますね。
年功序列の時代には「終身雇用、愛社精神」というものがあって、会社の未来のために仕事をしていた若い社員も多かったはずです。

私が大学を卒業して今の会社に入社した時(同期は500人ほどいましたが)、入社式の社長訓示で「将来は2、3回転職する位の気持ちで働いて欲しい」という話がありました。時代は不景気のど真ん中で、変わろうとしない中堅層の社員に郷を煮やしてそんなことを言ったと思います。
しかし、彼はそういう時代が来たときのデメリットをどこまでわかっていたのか非常に疑問が沸きます。それとも確信犯的に、「その頃はもう私はいないから」とでも考えていたのでしょうか?私のような社員をたくさん作って会社の未来は明るいとでも思っていたのでしょうか?

とにかく「終身雇用、愛社精神」の亡き後、どのように若年層に長期的視点を持たせるかは大きな課題になってしかるべしと思います。
でも、経営者の誰もそんなことは気に止めていません。そりゃそうですね、自分が若いときには会社のために働くのは当たり前すぎることだったのですから。。。

ああ、この会社の未来は暗い(でも私の将来は明るい!!!)
Posted by タカフミ at 2004年11月06日 16:29