若手社員の価値観が多様化し、
会社に一生勤めることだけが人生じゃない
という考え方が広まった1つの要因としては、
「情報流通速度の加速」が挙げられる。
もちろん「会社以外の人生」に対する憧れは、
若手社員に限らず、現在の40代、50代にも
少なからず、あったはずだ。
しかし、具体的な確信が持てなかった。
実際に、会社を辞めて、その先に何があるのか?
どんな人生が待っているのか?が見えなかったし、
イメージできなかった。
それが、辞めることへの恐怖を生み出していたのだろう。
そもそも、「支配」とは「恐怖」が前提として成立する。
ここで言う恐怖とは、つまり、未知への恐怖。
会社を辞めたら、どうなるのか?
それが見えていなければ、そこが、たとえどんなに
有望な世界であろうとも「未知であること」に変わりは無い。
そして、人は、未知への侵入に対して、最も恐怖を感じるのだ。
飲食店でさえ、初めての店に入るのは、緊張するだろう。
私は、初めてスターバックスに入ったとき、緊張した。
「どんなメニューがあるのか? どうやって注文するのか?」
人間の精神力なんて、しょせん、その程度のものなのかもしれない。
となれば「会社を辞める」という、人生に関わる決断をするとき、
それは、スターバックスに入るのとは、比べ物にならないくらい、
強大な恐怖と伴うことは、容易に想像できる。
しかし、その恐怖心こそが、社員を会社にとどめ、
組織を固めるための接着剤の役割を果たしていたのかもしれない。
だからこそ、これまでの組織運営が成り立ってきた。
だが、それは、逆に考えれば、ある一定の「恐怖心」がなければ、
人は、人を支配できない、ということになる。
例えば、一番分かりやすい例。子供をしつけるとき。
「ウソばかりつく悪い子は、閻魔大王に舌を抜かれますよ!」
この脅し文句は、子供が「閻魔大王の存在の真偽を知らない」
ことを前提として、効力を発揮する。
つまり、子供が「本当は、閻魔大王なんて、いないんだ」
という事実を知れば、簡単に反論されてしまう。
だから、母親は、子供を支配できない。
となると、支配から脱却しようとする原動力は「情報」なのである。
つまり、本当のことを知っていれば、怖くない。たたそれだけのこと。
言うまでも無く、これまで「本当のことを知る」のは、難しかった。
テレビ、雑誌など、加工された情報では、本音の部分がすべて
覆い隠されてきたからだ。それは、アダルト情報に限らず、
企業の実態、政治の実態もしかり。
インターネットの出現で、情報は、より高速かつ手軽に
手に入るようになっている。つまり、もう「覆い隠せない」のだ。
となると、若手社員たちは、気づく。気づき始める。
「本当は、閻魔大王なんて、いなかったんだ」ってことに。
良い大学に入って、大手企業に入れなかったら、自分の人生は終わる。
そのような、幻想の閻魔大王に騙されていたことに気づいたとき、
だれが、会社組織に対して、従来のような忠誠を誓えるというのか?
価値観の多様化は、情報の流通活性化によって、さらに加速される。
となると、会社側も、若手社員をつなぎとめておくためには、
「本当の価値」を提供するしかない。
見かけ上の成果主義や、ビジョンのない管理者による組織。
今まで覆い隠してきた殻が、少しずつ剥がれ落ちてきている今、
「恐怖心」以外で、社員をつなぎとめておく方法を、
真剣に考えなければならない時期に来ているのではないか?
(次回につづく。)
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