2004年08月23日

給料が増えれば本当に幸せなのか?

お金と精神のバランス。
金持ちになれば、幸せになれるのか?

このテーマは、過去に多くの成功哲学系、
その他、ビジネス書の類でも、多く語られている。

が、私は、この問題については、
明確な回答は、見つからないだろうと考えている。
なぜなら、どちらも真実だからだ。

例えば、次の2つの言葉。

・二度あることは三度ある

・三度目の正直

この2つは、相反することを述べているが、
どちらもあてはまる。つまり、どちらも正しい。
ケースバイケース。

つまり、
・金持ちになれば、幸せになれる
・お金がなくても、幸せになれる。
というのは、両方とも、真実なのである。
そもそも、幸せとは何か?という定義すら、曖昧である。

そして、この手の問題は、突き詰めると、キリが無いから、
あまり深く考えるよりも、
「とりあえず、新車が欲しいから、もっと稼ぎたい」
と、目の前の物欲を理由に、自分のモチベーションを
高めるという、単純な思考にシフトするケースが多い。

しかしながら、いわゆる「モノ」に対して、
それほど執着していない世代の場合、どうだろうか?


なぜ「世代」で分けるのか?
人間なら、誰もが、広い家に住んで、ベンツに乗りたいのでは?
と考える人も、いるかもしれない。

しかし、少なくとも、若い世代、
1975年生まれ〜1980年生まれ
ぐらいの世代は、ベンツに対して、それほど強い
あこがれを持っていないのである。

私は、1977年生まれだが、
車なんて、中古でも、乗れればいいと思っているし、
私の同期でも、そういう考え方の連中が多い。

だから、ポルシェより、ステップワゴン。
セルシオより、中古のレガシィなのである。
事実、私の周りには、スポーツカーに乗っている同期は、一人もいない。
新車で買ったランエボを、3年後に、イプサムに買い換えた奴もいる。

つまり、「モノ」よりも、コミュニティーとか、
楽しさとか、イベントとか、人間的なつながり、
精神的な満足を、重視しているのである。

「格好つけない自然体のほうが、格好いい」という価値観の変化も影響している。

だから、一人でスポーツカーでドライブするより、
中古のワゴンで、みんなでわいわい、
キャンプに行ったり、海に行ったりするほうが楽しい。
だから、汚れても気にならない、中古のほうがいい。
小さな傷や汚れを気にして運転していたら、
楽しめるはずのレジャーも、まったく楽しめなくなる。


さて、そのような価値観の若者たちが、
会社の給料の額に、それほどこだわるのだろうか?
と言えば、それも疑問である。

もちろん、お金は多いほうがいいと、誰もが思っている。
じゃあ、ぜんぜん仕事をしないで、自分よりたくさんの
給料をもらっている上司のことを、羨ましいとおもっているか?
そういうふうになりたいと、思っているか?
と言えば、それも疑問だ。

1970年代後半に生まれた若者たちは、
生まれたときから、すでに中流家庭であった。
そんなに生活に困った経験もなく、モノに溢れていた。

だから、もともと、そんなに物欲は強くない。
それよりも、もっと精神的な楽しさや、満足感を求めているはずなのだ。

しかし、多くの若者は、それに気づいていない。
なんとなく、不満がある。でも、その原因が分からない。
そして、「きっと、給料が安いからだ」と考えてしまう。

しかし、それは本当の理由ではない。
表面的な理由でしかない。

なぜなら、人間が、ある行動を起こす場合、
それを、楽しいと思うか? 面倒だと思うか?
は、お金の額や、金銭の受け取りには、一切関係無いからである。


例えば、先日私は、スキューバーダイビングのライセンスを
取るために、インストラクターと一緒に、海に潜った。

私は、受講料を払って、海に潜る。
インストラクターは、給料を貰って、海に潜る。

同じ行動をやるのに、お金を払う人と、貰う人がいる。
この違いは、何なのか?

どんな仕事でも、それを「お金を払ってでも、やらせてほしい」
と思う人がいるという事実。
つまり、それは、仕事に対する考え方の違いに過ぎない。


若い社員たちが、会社を辞める本当の理由は、
給料の額に対する不満ではない。
もちろん、表面上の理由は「もっと給料が高いところに転職します」
ということを言うかもしれない。

しかし、本当の理由は、もっと別のところにある。
それは、

・なんとなく、仕事が面白くない
・尊敬できる上司がいない
・会社に所属している必要性を感じられない

など、精神的な理由であることが、ほとんどだ。
そして、やっかいなことに、この「精神的な満足」は、
他人から見て、客観的に判断できるものではない。

例えば、お金ならば、月給いくら?
という、明確な数値で、その優劣が表現できる。

しかし「その仕事に、どれくらい満足しているか?」
なんて、他人が見て、分かるはずもない。
だから、自分でその価値を、見つけるしかないのだが、
それを見つけられない若者たちは、無意味な転職を繰り返す。

もはや、上司も、先輩も、親ですら、
絶対的な価値観とは何か?を
若者世代に対して、示すことができる時代ではなくなった。

戦後の貧しかった時代は、物質的な豊かさを手に入れると言う、
絶対的な、全国民的な、統一された価値観があった。

だが、今は、そんなものは無い。
だからこそ、今の若い世代と、会社との間には、
それほど、大きな連結力は無いのだ。

10年後、今の若い世代が、課長になり、やがて、部長になる。
そんな時、組織の管理者であるはずの立場の人間が、
部下に対して、絶対的な価値観を示せないようでは、
誰が、その上司についていきたいと思うだろうか?

もはや、価値観の統一が図れなくなった組織に、存在意義は無い。
だからこそ、会社としての枠組みが崩れ去る前に、
個人レベルでも、スモールビジネスで生きていけるだけの
実力を身につけておくべきなのだ。



(次回につづく。)

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※この記事は、人気メールマガジン《幸せなサラリーマンになる方法−気づきの視点と発想力》の著者により提供されています。(C) Copyright 2004 無断転載を禁止します。


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