2005年06月22日

欲しい答えを引き出す「具体的かつ相応しい質問」とは?

「質問の内容を見れば、相手のレベルが分かる」という話しの続き。

レベルの高い人は、レベルの高い質問をする。
レベルの低い人は、レベルの低い質問をする。

それを見極める切り口の1つとして「具体的かどうか?」がある。
つまり、レベルの高い人ほど具体性の高い質問をし、
レベルの低い人ほど、漠然とした質問をしてしまう。

例えば「今日の晩御飯は、何にしようか?」という課題があるとき。
『なにがいいでしょうか?』という質問は、漠然とした質問。
『カレーにしようと思っていますが、美味しい「じゃがいも」は、
どこに売っていますか?』というのが、具体的な質問。

だから「レベルの高い会話」をしたければ「レベルの高い質問」を
しなければならない。つまり「より具体的な内容」を重視する。

だが、ただ単に「具体的な質問」をすれば、レベルの高い質問に
なるというわけではない。「具体的である」と同時に「その場に相
応しい質問」であることが求められる。

「その場に相応しい」とは、つまり「その相手に聞くべき質問かどうか?」
である。この視点が欠けていると、セミナーなどの「質疑応答」の場面で、
他の参加者からの「冷たい視線」を浴びることになるだろう。

もちろん、質問するときは「他人の目を恐れず自信を持って発言することが
大切である」という前提は変わらない。だが、相手が貴重な時間を割いて
自分の質問に答えてくれるのだから、その時間は、自分だけでなく、
他の参加者にとっても「有益なもの」でなければならない。それが礼儀だ。

その質問が「相応しい質問かどうか?」は、
「その人が答えるべき質問かどうか?」による。

そこには、必ずしも「具体性」が求められるとは限らない。
むしろ「漠然とした質問」であっても、その場に相応しい質問であれば、
それは、歓迎されるべき質問である。

先ほどの「カレーライス」の例で考えてみよう。
『美味しい「じゃがいも」はどこに売ってますか?』
という質問は、具体的ではあるが、必ずしも「相応しい質問」
であるかどうかは疑問だ。

なぜなら、じゃがいもを売っている店を知りたいだけならば、
「インターネットで調べる」とか「街のガイドブックを読む」などの、
他の方法があるからだ。それを試すことなく、いきなり相手に
質問をするのは、場違いな雰囲気を作り出してしまう可能性がある。

例えば、インターネット起業系のセミナーなどで、
「メルマガを発行したいので、その方法を教えてくれませんか?」
というような質問。このような質問は、具体的ではある。
だが、書店に行けば、ほぼ解決する内容だ。
あるいは「まぐまぐのサイト」を読めば分かる。

本当に「誰もが聞きたい質疑応答」というのは、
話しの中に「回答者の経験や体験、思いが含まれているかどうか?」
で決まるもの。

『まず、まぐまぐの「発行申請ページ」にアクセスして…』

というような「単なる手順」を説明するだけの質疑応答ならば、
そこには回答者の経験や体験が埋め込まれる余地は少ない。

しかし、次のような質問なら、どうだろうか?

「まぐまぐでメルマガを発行申請されたとき、一番
苦労された点はどんなことでしたか?」

これなら、回答者の経験や苦労話しが引き出せるので、
周りの参加者で「すでに発行申請の方法を知っている人」でも、
飽きることなく、その話しを聞くことができる。

相手に質問をするときに「その質問が相応しいかどうか?」を考える視点。
これは、起業やインターネットビジネスに限らず、あらゆるビジネスの場で
求められる。それは、サラリーマンでも例外ではない。

職場で、上司や同僚、取引先の担当者に「質問をする機会」は多いだろう。
そんな時『この質問は、はたして最適な聞き方だろうか?』という疑問を
ほんの少しでも持つことで、自分の質問の「存在意義」を確認することができる。

その結果、「質問が不適切であること」に気付けば、別の聞き方を考えればいい。
自分の質問を客観的に見てみる。それが出来る人間だけが、有効な質問をすることが
できるので、結果として、有益な情報や回答を引き出すことができるのだ。

(次回につづく。)

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※この記事は、人気メールマガジン《幸せなサラリーマンになる方法−気づきの視点と発想力》の著者により提供されています。(C) Copyright 2005 無断転載を禁止します。コメント、トラックバック等はご自由にどうぞ。




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