2005年03月30日

新しいアイデアが生まれる海流を見きわめる視点

「親は無くとも子は育つ」という言葉がある。
親が心配しているほど、子供は無力ではない。
自分でどんどん新しい知識を吸収し、驚異的なスピードで
成長する。

この現象は、新入社員にも同じことが言える。
新人研修で、先輩や上司は、できるだけ多くのことを
教え込もうとしてしまう。あれも教えたい。これも教えたい。

しまいには、自分が新人の頃、出来なかったような無理難題まで
押し付けようとする。いわば、イチロー選手が、リトルリーグの
選手に「数万人の観客の前でも緊張しない精神力を身につけろ」
というようなもの。
だが、そのようなスキルは、1日や2日で身に付くものではない。
何年も、長い間、経験を積んで、はじめて蓄積されるのだ。

だが、そのような先輩の心配をよそに、
新入社員たちは、どんどん新しい情報を独自に吸収し、
また、人脈についても、独自のネットワークをすぐに
構築してしまう。若いがゆえに、そのスピードも驚くほど早い。

それはやがて「いつの間に、こんなに成長したのか?」という
驚きを与えると同時に「追い越されたかもしれない」という
恐怖心も生み出す。
芸能界やスポーツ界においては、特にその傾向が顕著に表れる。
若手芸人や高校生プレーヤーが、どんどんと進出し注目される時代。

新しい知識というものは、ある集団の中で、突発的に
発生するものである。つまり、情報は、必ずしも上から下に
流れるものではないと言うこと。

ここで言う「上から下へ流れる」ということの定義は、
『すべての情報は、先輩から後輩に流れる』ということ。
だが、そんなはずはない。

たしかに、昔からの風習や文化、仕事の基本などは、
上司や先輩、親や教師から教わる部分が多い。
そもそも、教科書という情報源は、自分より年上の人間
が作るわけで、それは必ず「上から下に流れてくる情報」
という定義に合致する。

だが、いわゆる「若者言葉」のように、
ある日突然、まったく振って湧いたかのように、
新しい情報や考え方が生まれることはよくある。

つまり、情報というものは、
上から下に流れるもの以外にも、
ある場所で突発的に湧き出すものもあるのだ。
それはまるで温泉の源泉のように。

次のような言葉がある。

-----------------------------------------------------
新しいアイデアとは、
新しい場所に置かれた、古いアイデアのことである。
-----------------------------------------------------

従来の手法を基本とし、少し切り口を変えてみる。
観点や視点を変えてみる。アレンジしてみる。

上から下に流れてきた教科書的な情報をもとにして、
それを若い世代の視点で、独自にアレンジすると、
そこでまた、独特の文化が発生する。
それが、新たな消費を喚起し、市場の拡大を促す。

情報が価値観を変え、価値観が新たな市場を生み出すのだとしたら、
「新しいアイデア」が生まれる場所には、必ずビジネスチャンスが
発生することになる。

上から下に流れる情報の海流。
其の中で、一見すると、よどんだような海流。
だが、その中にこそ、高い栄養分を持つプランクトンが、
大量に発生する可能性もある。

となると、ビジネスで成功するためには、
「上から下への情報の流れ」と
「突発的に発生する海流」を同時に
見きわめるスキルが求められる。
それを見逃さずに冷静に理解できたものだけが、
数少ないチャンスをモノにすることができるのである。

(次回につづく。)

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2005年03月28日

新鮮な気持ちを維持し続けるための秘訣

「青春の定義」については、よく、次のようなことが言われる。

----------------------------------------------------
青春の時期は、年齢で決まるものではない。
心の持ち方1つで、永遠に青春時代を送ることができる。
----------------------------------------------------

新しいものに感動する素直な心。
自分が古くなったことを周囲に感じさせないバイタリティ。
ただ「何年生きたか?」がその人の「若さ」を決めるものではない。
「肉体的な若さ」と「精神的な若さ」は別である。

例えば、物理的に若い年齢でも、
将来に対する期待が何も無い状態では、
それははたして、本当に若いと言えるのだろうか?

時間も、肉体も、これからいくらでも好きなことが
できる条件が与えられていても、それをやる気が起きない。
「もう日本は終わりだ」という絶望感。
それこそ、最大の「老い」である。

では、いくつになっても、つねに青春時代のような
新鮮な気持ちを失わずにいるためには、
どのような点に心がければいいのだろうか?

それには、まず「学生時代のことを思い出してみる」のがいい。
小学生、中学、高校、大学。
そこには、必ず、3月から4月への節目の時期があったはずだ。
そう、ちょうど今、この時期。

クラスが変わらなくても、学校の環境が変わらなくても、
それでも、4月は、なんとなく新鮮な気分になれた。
担任が前年度と同じでも、それでも違いがあった。感情的な違い。

自分が1つ、上の段にステップアップしたという
喜びでもあるだろう。それは、まるで、前年度までの
自分の不完全燃焼な気持ちをリセットしてくれるかのような
不思議な感覚。

では、社会人になってからは、どうか?
サラリーマンの場合、3月と4月の仕事の内容が
大きく変わることはあまりない。

3月は決算で忙しい時期であることは、
どこの会社でも同じだろう。
だが、多くのプロジェクトの場合、数ヶ月間の
プロジェクト進行期間中は、ずっとその仕事に
専念することになるから、まるで季節感は感じられない。
つまり、仕事を進める上で季節の変化を感じられないのである。

日本には四季がある。つまり、日本の文化は、
四季が創り上げてきたものであり、それに追従して、
学校のカリキュラムも組まれてきた。
だから、季節感のある教育、学校行事が行なわれてきた。

だが、今の会社において、昔ほどの季節感を感じる
タイミングが、はたして、どれだけあるだろうか?

季節感を感じないことは、つまり、自分の人生が進んでいるという
スピード感を感じないということ。それはまるで、
「自分は去年よりぜんぜん成長していない」かのように、
「成長に対する実感」を奪い取っている。

毎月4月に昇給や昇進があれば、少しは違ったのかもしれないが、
言うまでも無く、今の時代、それは期待出来ない。
だとすれば、私たちサラリーマンは、日々の仕事において、
どうやって季節感を感じ取ればよいのだろうか?

その対策の1つとしては「自分で季節の節目を決めること」がある。
具体的に言えば「4月から新しい勉強を始める」などである。

一般に「一年の目標は元旦に立てるべき」といわれているが、
別に、4月に立てようが、7月に立てようが、それは個人の自由。
大切なことは、自分自身が、いつ「区切り目を感じられるか?」である。

特に、この時期、4月は、新入社員が入社してきたり、
プロ野球が開幕したりと、いろいろとスタートする行事も多い。
その風潮に合わせて、自分の新しいスタートも便乗させると、
時代の流れにスムーズに乗ることが出来る。

テレビを見ると「新生活応援フェア!」などをやっているが、
あれはなにも新入社員や新入学生だけに与えられたコンセプトではない。

つまり、入社して何年もたつベテラン社員であろうとも、
4月という節目に、家庭内の家電製品を買い換えてもいいのである。
部屋の間取りを変えてもいいのである。
それだけでも、新しい気分を味わうことは十分に可能。

内的要因(自分の中から生み出されるモチベーション)に
ばかり頼っていては、何も始められないこともある。
そのような場合は、思い切って外的要因
(周りから言われる、周りの状況を真似る)
に頼るのもまた、1つの方法。

この春、何を始めるか、何を見つけるか、そして、何を感じるか。
その感性は、年齢とは関係なく、個人の気持ちの持ち方1つで、
いくらでも無限に磨くことができるのである。
それが「青春の定義」であるとも言えるだろう。

(次回につづく。)

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2005年03月25日

危険なビジネスに手を出さないために

起業家、経営者にとって、
自らのビジョンを決めることは、簡単ではない。

「自分(自社)は何のために存在するのか?」
「本当にやりたいことは何なのか?」
「夢は何なのか?」

このような問いに、明確に答えられる経営者ばかりではない。
誰もが迷い、そして「やるべきこと」を常に模索しながら、
試行錯誤しているのが現状だ。

サラリーマンが独立して、事業を始める場合、
まずは、その目的を明確にしなければ、方向性が定まらないので、
エネルギーが分散してしまい、上手くいかない。
やりたいこと、やってみたいことがどんどんと溢れてくるからだ。
そうしているうちに、手を広げすぎて、作業が中途半端になる。

虫眼鏡で紙に火をつけることができるのは、誰もが知っているだろう。
あれをやるためには、当然、レンズが大きいほうが有利。
だが、たとえ大きなレンズを持っていたとしても、
その光を一点に集めることが出来なければ、火をつけることは難しい。

逆に、たとえ小さなレンズであろうとも、
光を一点に集中させることができれば、
大きなレンズよりも早く火をつけることは可能だ。
それぐらい「一点集中」は重要な考え方である。

ビジネスにおける経営資源の一点集中。
自分の時間、社員の時間、資本。
それらのパワーを、何に捧げるのか?
常に優先順位を決め、最優先課題に全力を尽くす。
そうしなければ、業界で上位を取ることは不可能。

だが、そうした一点集中のビジネス展開を進めるには、
ビジョンや目的が必要不可欠。
そのビジョンが不明確なまま火をつけようとしても
それは不可能である。

サラリーマンはこれまで、勤務先の会社における
ビジョンに従ってきた。自動車業界なら
「優れた自動車を開発し、世の中に貢献すること」が
ビジョンだったかもしれない。IT業界なら
「使いやすいシステムを開発して、世の中を便利にする」
という企業理念があるかもしれない。

だが、会社を離れ、一個人として
「自分のビジョンは何なのか?」を考えた時、
そう簡単に、人生の目的を見つけることは難しい。

このような状況において、起業家の多くは
「自分が世の中に提供できる価値は何か?」
を問い始める。

自分の能力、得意分野、スキル。
それらを、どう商品化するのか?
サービス化するのか?

そして、それらは利益になるのか?
ビジネスとして成立するのか?
その詳細を検証し、詰めていく。

確かに、このような手法は、ビジネスのネタを
探すための切り口としては有効である。
だが、この考え方では「大きなビジョン」を
見つけることは難しい。
なぜなら、この切り口は
「自分が金を稼ぐための手段」という視点で、
自分のスキルを棚卸ししてしまうからだ。

もちろん、奇麗事を言うつもりはない。
お金を稼ぐことは素晴らしいことだし、大切なことである。
だが、今はあえて「大きなビジョンを探す」という話しを
させてもらうことにする。

大きなビジョンを突き詰めると、究極的には
「社会を良くしたい」というところに行き着く。
今、いわゆる大企業と言われている経営者。
彼らは「自分の会社が、世の中にどんな影響を
与えているか?」を良く分かっている。

交通、飲食、通信、物流、医療。
私たちが人間として生きていくために必要不可欠なインフラ。
その大きな基盤を提供することが出来る組織。それが大企業。
つまり、どんな業界であろうとも「世の中をよくすること」
が究極の目的なのである。

となると、
「世の中を良くする為に、自分はどんな価値を提供できるか?」
という切り口で考えるのも、自分のスキルを棚卸しする時の
1つの手法になる。
それが儲かるかどうか? よりも、
それをやって、日本は良くなるのか?
という切り口。

常にその視点を忘れなければ、
危険な商材や、違法なビジネスに手を染めることはないだろう。

例えばネット上には、休眠口座の売買など、
あらゆる「グレーゾーンな商売」が溢れている。
口座の売買については、詐欺の温床になるという
理由で、法的な規制が適用されるようになっているが、
他にも、このような危険なビジネスは多い。

たしかに、口座売買は儲かるかもしれない。
そして、口座売買に関する知識を持っていれば、
「自分の知識を生かしてネットで金儲けが出来る!」
と考えてしまうのも自然な流れだ。

だが、そのようなビジネスは長期的に見て
かなりリスクが高い。
もっとも「そのビジネスで日本が良くなるのか?」
という問いには、答えられるはずがない。

短期的に高収益を上げるビジネスは、たしかに魅力的だ。
だが、そのようなビジネスの中には
「自分の一生を捧げるほどの大きなビジョン」は
絶対に生み出せない。だからすぐに飽きる。

ビジョンの達成は、場合によっては、
お金儲けよりも優先されることがある。
お金儲けに飽きた起業家はみな、
利益を度外視しても、社会に貢献したいと
考えるようになるからだ。

結果的に、そのほうが楽しいし、周りに喜ばれる。
金銭では得られな喜びが得られる。
それが真実だとしたら、これ以上幸せなことはないだろう。

世の中を良くするために、自分ならどんな価値を提供できるのか?
その視点さえ忘れなければ、道を踏み外す心配は無い。

(次回につづく。)

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2005年03月23日

やりたいことが見つからない本当の理由

起業するにせよ、サラリーマンを続けるにせよ、
今、自分がやろうとしているビジネスにおいて
「手段」と「目的」を明確に切り分けておくことは
大切である。

そもそも、起業自体が手段であり、目的ではない。
起業することを目的とした人生なら、その人生の目的は
起業した瞬間に達成されることになる。

つまり、会社を辞めて、法人を設立し、
代表取締役という肩書きを手に入れた瞬間、
その人の夢は達成されたことになり、
もうそれ以上、やることが無くなってしまうのだ。

一方、起業する前に、明確な「目的」が決まっている人の場合、
サラリーマンを続けるか、独立するかは、単なる選択肢の1つ
であり、大した問題ではなくなる。

例えば、究極的なビジョンとして
「世界で苦しむ大勢の病気の子供を助けたい」
という夢があったとする。

その目的を達成するために、会社を辞めて
海外にボランティアに行くのもいいだろう。
または、海外支援団体やNPO法人を設立するのも
いいだろう。

しかし、一方で、サラリーマンを続けながら
製薬会社に勤務し、薬を開発するという選択肢もある。

つまり、直接的であろうとも、間接的であろうとも、
大切なことは「自分の夢つまり目的が達成されるかどうか?」
であり、会社を辞める、辞めないの選択とは、
まったく関係の無い、次元が違う問題なのである。


では「自分の夢」とか「本当にやりたいことって何か?」
と聞かれたとき、明確に答えられる人はどれぐらい
いるだろうか?

これは、年齢や職歴の問題ではない。
学生時代に見つけてしまう人もいれば、
40歳を過ぎても見つけられない人もいる。
そもそも「夢」という定義が曖昧すぎて、
それを自分の中で実感すること自体が、
とても困難なことだ。

もちろん『お金持ちになりたい』という目的も
立派な目的であることは否定しない。
事実、そのような根本的な欲望をエネルギーとして
自らを成長させてきた起業家は多い。

しかし、その場合、手段が多すぎて、
結果として、行動の軸がぶれてしまうのだ。
なぜなら「金を儲ける方法」は、世の中に
たくさん溢れているからだ。

「金を儲けること」が目的なのだから、
その方法は、競馬でも、宝くじでも、なんでもいい。
ビジネスの内容も、業種も問わない。
ただ「儲かりそうなビジネスに飛びつく」という構図になる。

それでは、結局何がやりたいのかが見えないから、
自分自身の行動にも自信が持てないし、
一貫した知識やスキル、ノウハウを蓄えることは難しい。
将来的なビジョンも方向性も見えないから、
人を雇おうとしても、社員がついてこないだろう。

だからこそ「金を儲けたい」という目的以外に、
ビジネスの内容、方向性という意味での目的を
探す必要がある。そうすれば、その業種において、
一環した行動と戦略を取りつづけることができるので、
そのノウハウは蓄積され、将来に富を生みつづける
貴重な財産となるのだ。

しかし、週末起業のレベルでさえ
「自分が何をやりたいのか、何に向いているのか」
が分からないという人が多い。
そのような人たちは、どうすればいいのだろうか?

その解決策の1つとして
「好き嫌いを無くす」ということが挙げられる。
つまり「食わず嫌い」を克服すればいいのだ。

例えば、あなたが、いわゆる3K(きつい、きたない、きけん)
のような、悪いイメージを持っている職業に
ついてしまったら、あなたはどうするか?

「こんな仕事だけは絶対にやりたくない」

と思うに違いない。それはつまり
「食べもしないのに「マズイ」と決めている食材」と同じ。

しかし、どんな食材でも、食べてみたら
「意外とオイシイかも?」と思えることがある。
だから「本当に自分が好きな食べ物」が見つからない時は、
思い切って、好き嫌いせず、何でも食べてみる姿勢が大切なのだ。
そうすれば、あなたにぴったりの食材が見つかる可能性は高い。

今の勤務先で与えられている仕事。
それに対して、ただ「食わず嫌い」をしているようでは、
いつまでたってもオイシイ仕事にはありつけない。
「どれが一番おいしいですか?」と他人に聞く前に、
まずは自分で食べてみる。その姿勢させ忘れなければ、
どんな仕事も美味しくいただけることは間違い無いのである。

(次回につづく。)

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2005年03月18日

細く長く生きるか?太く短く生きるか?

自分の人生を、どのように生きるか?
というテーマの話題において

「細く長く生きるか? 太く短く生きるか?」

という例えは、よく出てくるフレーズだ。
例えば、愛煙家にとって、タバコは人生を楽しむためには
欠かせないものであるから「長生き」を犠牲にしても
かまわないという解釈。それが太く短く。

一方、健康に気を使い、お金も節約しながら、
派手な生活をせずに、じっくり息の長い人生を送る。
細く長くの典型だ。

他人から見て「うらやましがられる人生」は、
やはり「太く短いタイプ」の人生だろう。
短期間で巨万の富を得た起業家とか、世界的スポーツ選手など。

「うらやましがられる」というのは「目立つ」という意味でもある。
誰もが「太い部分」に注目する。細い人生を送っている人にとって、
太い人生は魅力的に見えるからだ。
そして、目立つものに人は目を奪われ、目に見えるものにあこがれを抱く。

しかし「他人の太い人生」を羨んでいるばかりでは、
自分自身に発展は無いし、本当の喜びは得られない。
そしてもっと大切なことは「その太さの先に何があるのか?」
を冷静に見きわめることなのである。

仮に、定年まで勤めるサラリーマンが「細く長い人生」
の代表だとすれば、現役プロ野球選手は「太く短い人生」
の代表であると言える。プロとして現役で活躍するためには、
ある程度の年齢制限があるのだから、サラリーマンのように
60歳まで働きつづけるということは難しい。

そのような状況を考えると、太く短い人生を
生きている人は、その「太い期間」が終わった時に、
次、どうするのか? という展開を事前に考え、
用意周到に準備しておかなければならない。

つまり、1つの「太い期間」が満期になった時に、
次の「太い期間」を作り出すための準備が重要なのである。

その「用意周到な準備」をするための原動力になっているのは
「変化への恐怖」である。今、自分が浴びている喝采、
認知されている栄光。それらを失った時、
自分の生活にどのような変化が訪れるのか?
そして、その変化に自分は絶えられるだろうか?
そのような恐怖心が、常に「次の展開を考えさせる」ための
強い動機になる。

プロ野球選手が引退後に芸能界で活躍するケースは多い。
野球解説者のみならず、タレントや司会者、俳優として
さまざまな方面で活躍している人たち。

すべての野球選手が、彼らのように「芸能人としての
第二の太い人生」を構築できるわけではない。
つまり、現役時代から「引退した後のこと」を意識して、
少しずつセルフプロデュースを始めていた人たちだけが
なせる技だ。

もちろん、プロ野球選手である以上、
野球の練習に真剣に取り組むことは絶対条件である。
しかし、5年後、7年後に自分が引退する可能性が
あることを考えると、今のうちか少しずつ、
トークの訓練をしたり、教養を深めておくことも大切。
芸能界において、面白いトークをできるかどうか?
が、司会者やタレントへの突破口を開けるかどうかの鍵だからだ。


この考え方を、サラリーマンの人生に適用した場合、
普通に考えれば、60歳以降の生活について
考えればそれでいいじゃないか、と思ってしまう。

しかし、言うまでも無く、終身雇用が崩壊している今、
60歳まで今の仕事を現役で続ける確率はきわめて低い。
だとすれば、30歳、40歳で引退しても、
次の展開が打てるように、今のうちか準備しておくのは
当然のことだ。

その場合、今の職業とはまったく別のジャンルから
知識を吸収するという戦略は有効である。
野球選手がお笑いトークを学ぶのと同じように、
営業マンはIT,エンジニアはマーケティングを学ぶなど、
いわゆる「本業とは畑違い」なジャンルに興味を
抱けるかどうか?

そうすれば、その知識が本業との相乗効果を生み出し、
今の仕事にも大きくフィードバックされる。
その効果は、自分が想像している以上に大きいはずだ。

いずれにせよ、大切なことは
「長期的な視点で自分の人生を設計できるか?」
に尽きる。そうすれば「太く長い人生」も夢ではない。


(次回につづく。)

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2005年03月16日

仕事での関係が改善されれば、人間関係も改善される。

退職、転職を考えるきっかけとなるのは、
今の勤務先への不満が大きくなったときだろう。
しかし、その不満の原因が、必ずしも会社の方向性や
仕事の内容にあるとは限らない。

むしろ、職場での人間関係のほうが、
自分を退職へと向かわせる大きな要因になるのでは
ないだろうか。つまり、人間関係の悪化こそが、
職場への不満の根本的な原因である。

特に、部下にとって、上司という存在は、
頼りになるものでもあり、また同時に
うっとおしい、厄介モノでもある。
部下が「どうやって上司と上手く接するか?」
は、業界、業種を問わず、会社組織においては
永遠のテーマであることは間違い無い。

一方、上司もまた「部下の扱い」に悩んでいるのは事実。
特に、自分とは年齢が離れすぎている場合、
どのように接していいのかが分からないで
逆に上司の方が気をつかい、悩むケースもある。

例えば、新卒入社の新人が、研修期間を終え、
6月頃になって、各職場に配属されてきた場合。
当然、いきなり仕事をさせても、戦力になるはずがない。
だから、まずは職場になれさせることが大切だという事実は
上司の側も分かっている。でも、具体的にどう接するのかが
分からないから、いきなりマニュアルを渡して
「これを読んでおいてくれ。分からない事があれば聞いてくれ」
みたいな対応になってしまう。

当然、新人は言われたとおりにマニュアルを読むのだが、
業界用語や専門用語が多すぎて、まず読む時点で
「わからないことだらけ」な状況に陥ることは
目に見えている。でも「何を質問すればいいのか、
何を自分で調べればいいのか」が、新人には判断できない。
結果として、質問もしないし、理解もできていない、
という状況に陥る。

このような場合は、まずはバイトにでも出来るような
簡単な仕事(資料作成や整理などの雑務)を体験させ、
実際に「仕事をした」という実感を与えてあげることの
ほうが重要なのだが、上司と部下の間に「心理的な距離」
があると、上司の方も「いきなり仕事をさせるのはちょっと・・・」
という抵抗感を抱いてしまう。

つまり、部下が上司を悩みの種にしているのと同様に、
上司もまた、部下が悩みの種になっているのだ。
となると、このような「職場での上下関係」から
開放されるためには、独立して一人でやっていくか、
もしくは、すべてアウトソーシングでまかなうしかない。

作家など、一人で完結する仕事の場合、
原則として、部下はいない。アシスタントはいるだろうが、
何をやってもらうかは明確になっているはずだ。
出版社や編集者との付き合いもあるが、
それは「上司と部下」のような上下関係ではないので、
基本的には「ビジネスにおける対等な立場」として
付き合うことができるだろう。

だが、独立して自分が社長になったら、それはサラリーマン時代と
同じく「組織の人員とどう接していくか?」という問題を
突きつけられることになる。
自分の立場が上になったとしても、下との調整から
開放されるわけではない。
むしろ、経営者という責任がのしかかるので、
サラリーマン時代の上司と部下の関係よりも、
さらにシビアな調整が要求されるだろう。

では、これからのサラリーマンは、
会社組織において、いかにして人間関係を
円滑に進めていけば良いのだろうか?

究極的に言えば、答えは「すべての社員を個人事業主化する」である。
つまり、与える仕事への対価がいくらなのか?
を明確に計算し、その取引をお互いに成立させることに
特化した人間関係。

もちろん、年功序列の護送船団方式時代に比べれば、
それは「冷たい関係」であることは間違い無いだろう。
だが、上司と部下が「人間的な感情や精神だけでお互いの
調整を図ろうとすること」自体に無理が発生しているのも事実。

なぜなら、成果主義が導入される以上、
そこには「年齢や年功に対する尊敬心」が薄れる
原因があるからだ。
実力勝負となれば、たとえ上司が年上でも、
遠慮することは無い。それが成果主義の本質。

となると、最終的には究極にシビアな関係に徹しなければならない。
上司から部下への全ての指示は「発注」という概念に変わる。
受注した部下は、それを支持どおりにこなすことで給料という
報酬を得る。

つまり、上司の発注が悪ければ、そのまま
悪い形の報告がリターンされる。
だから、仕事を指示する側も真剣になる。

部下を上手く使えていない上司。
上司からの指示を的確に理解できていない部下。
そのような「仕事上でのズレ」が改善されれば、
自然と「精神面でのズレ」も解消されるのである。

今までは「心がつながっていれば仕事は上手くいく」
と言う発想だった。護送船団方式ならばそれもある。
だが、これからは「仕事が上手くいってこそ、
心もつながっていられる」という発想に変わっていくことは
間違い無いだろう。
なぜなら「義理や人情」だけで無能人を長期化も雇えるような
体力は、もはや大企業にさえ、残されていないからだ。

(次回につづく。)

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2005年03月14日

他業界にも応用できるネタが必ず見つかる

どんなビジネスでも、成功するために必要なのは
「長期的な視点」である。
今、携わっているビジネスが、永遠に続くはずはない。
商品には旬がある。その波はやがて終わるのだから、
次の波を捉える準備をしておかなければならない。
それは、サラリーマンであろうが、経営者であろうが同じ。

これまで、多くの会社が「引き際」を判断できずに、
黒字から赤字に転化してきた。たまごっち。携帯電話。
人間の感情というのは、恐ろしく気まぐれであり、
似たようなものが世の中に溢れると、すぐにおなか一杯に
なってしまうのだ。

今は売れている商品でも、3年後、5年後には
どうなるか分からない。だから常に時代を読むスキルが
求められる。では、サラリーマンの場合はどうか?

サラリーマンが売っている商品は「自分の労働力」であるが、
その労働スキルは、今の会社において、どれくらい旬でいられるのか。
それを常に意識し、考えておく必要がある。

サラリーマンの長期的な視点と言えば、誰もが
「長年勤めて、出世して、給料アップして、退職金をもらう」
というモデルを思い浮かべるかもしれない。
新卒で入って、勤続30年、40年という考え方。
つまり「今の会社の中での長期的な視点」において
自分の人生を設計する。

しかし、言うまでもなく、年功序列が崩壊しつつある今、
本当に長期的な視点で、自分のビジネスを眺めた時に、
「自分のアピールポイントはどこにあるのか?」を
いつも意識しておかなければ、勝ち残ることは難しいだろう。

つまり、自己スキルの表面的な部分だけを見ていては、
社外に通用する実力は構築しにくいことになる。
その会社の中では通用するかもしれないが、
一歩、会社の外に出たら、その能力は、どのように
評価されるのか? それを客観的に判断できる人間が
生き残れる時代。

例えば、あなたがマクドナルドで働いていたとする。
そして、マクドナルドが潰れて、転職を余儀なくされた。
そのとき、再就職先の面接で
『あなたのスキル(売り)はなんですか?』
と聞かれて、どう答えるか。

もし「ハンバーガーを作ることです。一時間に100個も作れます」
というような、表面的なスキルのアピールしかできないようでは、
採用されることは難しい。相手の会社が本当に求めていることは
何なのか? を理解していない証拠だ。

自分のスキルを他人に伝える時、表面的な部分から、
もう一歩踏み込んで考えられるか? が成功の鍵になる。
「なぜ、自分はハンバーガーを早くたくさん作れるように
なったのか?」を考えてみる視点が大切なのだ。

つまり、
「私は、マクドナルドで
・作業のマニュアル化の大切さ
・責任分担を明確にすることの重要性
・仕事をプロセス化し、個人の能力に依存しない仕組みの作り方
を学びました。このような「仕事を効率よく進める方法」
に関するノウハウは、飲食店以外の業界でも生かせると思います。」

のような答え方をすれば、
自分が今まで培ってきたスキルは、
他業界でも十分に通用するものであることをアピールできるのだ。

自分がどんな商品、製品を作っていたとしても、
その裏には、マニュアル化、プロセス化など、
システムや仕組みの設計が、必ず存在する。
その「仕組み作りのノウハウ」は、仕組みの中にいてこそ
実感できるのだ。そうやって、自分が肌で感じた体験の中には、
必ず「他業界にも応用できる効率アップのネタ」が含まれている。

そのような「革新的アイデアを持ってきてくれるかもしれない」
という将来への期待感で、会社は人材を雇う。
つまり「未来への可能性」を評価してもらうのだ。

長期的な視点で自分の仕事を眺めた時、
今担当している業務から得られるスキル、情報が、
他業界、他社にも生かせるかもしれない。
そのような視点で日々の仕事に取り組んでいれば、
得られるノウハウや情報量は数十倍にも膨れ上がることは間違い無い。

(次回につづく。)

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2005年03月11日

心理学や交渉術は、サラリーマンにこそ求められるスキル。

「交渉能力」のスキルは、あらゆるビジネスに求められる能力。
弁護士やネゴシエーターなどの特別な職業にのみ必要とされる
ものではない。サラリーマン、起業家を問わず、すべての
ビジネスマンに求められる。

例えば、商談において。どんなに素晴らしい商品でも、
相手にその良さが伝わらなければ意味は無い。
そして、両者の間での条件決定、調整において、
不利な立場に立たされてしまっては、せっかくの企業努力も
水の泡になってしまう。

つまり、会社として利益を生み出していくためには、
ただ、良い製品を開発したり、宣伝に力を入れるだけでは不十分。
企業間取引において、いかに「自社の利益になる条件」での
交渉を進められるかが重要になる。

もちろん、ビジネスである以上は、相手との関係は、
常にフェアでなければ長続きしない。
お互いに利益のある関係でなければ、提携する意味すら無い。

だが、相手の規模が大きかったり、自社に弱みや落ち度があると、
どうしても「相手に有利な条件でも飲まざるを得ない」という
悲しい状況に陥ってしまう。

それは「心理的な負い目」から発生するものであり、
もっと冷静かつ客観的に考えれば、個人的な怒りや感情など
を交渉に持ち込むべきではないことは、容易に理解できるはず。
だが、理屈では分かっていても、それを実践することは難しい。

つまり、交渉の本質は「心理戦」であり、その戦いに勝つためには
心理学に関する情報収集が欠かせない。ある程度、情報やパターンを
吸収したところで、実践に応用することが大切なのである。

心理学の世界では、すべて仮説と検証によって、
「人間は○○な状況になると△△な行動をする」
という証明を行なっている。
つまり、実際に人間を使った心理実験を元に
くみ上げられた学問。

もちろん、個人の性格やレベルにもよるが、
多くの人間が、共通的な行動に走ることを事前に
しっていれば、相手がどのような発言をするのかが
前もって予測できるから、交渉の準備も立てやすい。

そして、相手の発言の裏にある「ホンネ」を
感覚的に読み取ることができるようになる。

例えば、相手が「君は先週の三連休、どこかに出かけた?」
と聞いてきた場合。あなたは「いいえ。どこにも」とか
「遊園地に行きました」などと答えるかもしれない。

しかし、相手にとって、その答えはどうでもいい場合が多い。
なぜなら、相手は「自分のことを話したい」からである。
つまり、自分は三連休に、どこか楽しいところに行ったので、
その体験を話したい。あなたへの質問は、そのためのフリに
過ぎない。

このように「なぜ、この人は、今、このような発言を
しているのだろうか?」が読めれば、相手の欲求を満足させることは
簡単であり「話しが噛み合わない」という状況も避けられるのである。

このように「心理学」や「交渉術」を学ぶことで、
日常会話はもちろん、ビジネスの交渉でも、
自分が有利に立てる可能性が高くなる。
主導権を取り、会話の流れを自分でコントロールすることが
できるようになるからだ。

では、このようなスキルを、サラリーマンのうちに
身に付けておけば、どんなメリットがあるのか?

例えば、上司との交渉。
不利な条件での仕事や、無理な残業を押し付けられた場合、
いかに、相手のメンツを保ちつつ、正当な理由をつけて
回避できるか。それができれば、あなたの自由な時間は
奪われなくても済む。

また、会議においても、自分の意見をもっともらしく
通すために、交渉の技術は欠かせない。
社内での自分の立場を有利にするためにも、
巧みな交渉術は大いに役立つのである。

将来、起業を目指している人はもちろんだが、
サラリーマンを続ける場合も、心理学や交渉術を
学んでおいて損は無い。
それが本当の「独立」である。
会社にいようが、会社を辞めようが、
自分自身を一人のビジネスマンとして、
どこまで主張できるか?
それが「人生の成功」には欠かせないスキルであることは
間違い無いのである。

(次回につづく。)

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2005年03月09日

上司と部下が感情的に対立しなくても済む方法

会社が組織として仕事をする以上、社員同士の意見の対立は
避けて通れない問題だ。

特に、上司と部下の意見の対立においては、
立場の弱い部下が、一方的に聞き役に徹するケースが
非常に多い。

相手の上司のタイプにもよるが、
時として、感情的な上司に当たることもある。
そのような場合、部下としては不満が募るが、
それでも反論はできない。人事権や査定など、
権力を相手が有している以上、下手に争っても
勝ち目はない。だから「戦わないこと」が一番の秘策。

そうやって、若い社員は自我を失い、牙を抜かれた狼のように
なる。その狼がやがて上司になり、同じことを若手社員に
繰り返すのだ。それが巨大組織の悪循環を生む。

しかし、狼系の若手社員も、まだまだ数多く存在する。
特に、最近の風潮としては「新世代と旧世代の対立」
的な構図が一般化しつつある。プロ野球問題やニッポン放送の
問題しかり。

そして、社内にも「上司と対等に議論しようと試みる部下」
は増えてきた。年功序列が崩壊した今、大切なことは
「保証されない将来への期待」よりも「今の自分を大切にすること」
だと、多くの社員が気づいたのだろう。

だが、ただ感情的に議論をしても、やはり上司を納得させることは
できない。本当に「議論で勝つ」ためには、常に冷静であり、
客観的に見ても「自分が言っていることは正しい」と
確信できなければならない。

では、感情的な上司と意見が対立した場合、
具体的には、どのように反論すればいいのだろうか?

まず、やってはいけないことは「感情で対応すること」である。
例えば、上司が「どうして君のプロジェクトは遅れているんだ?
君の管理能力が足らないからではないか?」と、責めてきたとする。

その場合、感情的な部下は、つい
「そんなことありません。私は一生懸命にやっています。
頑張っています」などの精神論で反撃してしまう。
しかし「一生懸命」とか「頑張っている」という言葉は
感情的かつ主観的であり、まったく説得力がないのである。

だから、このような場合は「事実だけを明確に述べる」ことに
徹する必要がある。例えば

「遅れているといっても、当初の予定から3日だけです。
原因は、現場社員のインフルエンザによる一週間の休暇が
原因です。しかし、そのような事態も事前に考慮して、
余裕のあるスケジュールを組んでいますので、来週中には
3日間の遅れを挽回できます」

などと、具体的な事実だけを、数値を交えて述べる。

この会話には、精神論や感情論は一切含まれていないから
相手を感情的に刺激することはない。
また「社員が風邪で休むことも想定して予定表を組んだ」
ということの証明にもなり、あなた自身の「管理能力」には
問題がないという主張もとおりやすくなるだろう。

もし、これを
「私は悪くありません。現場の社員が休んだのが悪いんです」
などと、ただ現場社員に責任を押し付けるような発言をしてしまうと、
上司から『社員の健康管理をするのも、君の仕事ではないのか?』
と反論されるだろう。だから「それも見越して予定を立てている」
という自分の行動を説明しなければならない。

普段は感情的に怒鳴っている上司でも、
いざ、事実だけを突きつけられると、感情で反論できなくなる。
むしろ、反論した上司の方が「自分は感情的になっている子供のようだ」
と罪悪感を抱くかもしれない。

社内で起きる、あらゆる議論や対立。
その多くは「感情に頼りすぎた議論」になっていることがある。
だが、冷静に考えれば「自分が何を考え、どう行動したのか?」
だけを説明すれば、丸くおさまるのだ。
その行動に対する評価を冷静に見きわめる。
そこには感情が入る余地は無い。ただ客観的な数値と事実が
あるだけなのだから。

(次回につづく。)

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2005年03月07日

なぜ無駄な会議は永遠に続くのか?

自分でゼロから会社を興した、いわゆる「創業経営者」の
多くは、創業時、死ぬ思いをするほど苦労している。

もちろん、自分自身がそのような過酷な状況を
体験したわけではないので、実際には何ともいえないが、
少なくとも、セミナーや書籍から得られる情報を信じるならば

・資金繰りのことで夜も眠れない
・社員の給料が払えるかどうかを考えると吐きそうになる。
・親会社、取引先から無理な要求、条件を突きつけられ追い詰められた。

などの体験をしたのは、多くの経営者に共通しているようだ。
その苦しさの中にこそ、楽しさもあるのだろうが、
表面的な部分だけを見たら「そんなに楽なもんじゃない」と
考えるのが普通だろう。経営者はサラリーマンとは
比べ物にならないほどの重責を背負っているのだから。
自分の全財産をかけて、ビジネスの世界で勝負している。

逆に言えば、それほどまでに「成し遂げたい何か」が
あれば、その情熱に引かれて、お金も人も自然と集まってくる。
だから、規模を拡大しても成功するのだし、上場して
資金を集めるところまで行けるのだ。
それは私欲を肥やすための資金集めではなく、
ただ純粋に、ビジネスのビジョンを達成したいという
欲求を満たすための資金集め。

そして、世の中の利益と同時に、社員の利益や
株主の利益を考えるようになると、やはり「会社として儲けていく」
ということが欠かせない。
お金が集まらなければ、株主に還元できないし、
社員も養うことはできない。

だから、創業経営者の思いを引き継ぐならば、
すべての社員は「会社の利益」を重視して、日々の
仕事に取り組む必要がある。だが、組織が巨大化すると、
その意識が、だんだんと薄れてくる。
場合によっては、会社の利益よりも「自己顕示欲を満たすこと」
を重視する管理職も出没する。それが一番の問題である。

例えば、会議の席において、自分が何も発言していないとき
『何でもいいから、何か言いたい』という衝動にかられたことは
ないだろうか?

会議での結論は出て、その方向性で、ほぼみんな合意している。
それでも、どこかにケチをつけて、自分の発言を周囲に聞かせたい。
そして「○○さんの指摘は鋭いですね」などと褒められたい。
そのような「自己顕示欲を満たすための場」として会議や
ミーティングが使われてしまうことが、しばしばある。

それが、単なる本人の自己満足で済めばよいのだが、
その無駄なミーティングの間は、他の社員の貴重な時間を
奪うことになる。人件費に換算すれば、どれぐらいの損失を
生み出しているのか? 経営者ならば、とても笑って済ませられる問題ではない。

そして、例えばA案とB案があったとして、ほぼA案で決まりかけているときに、
あえてB案を押してみたりする。自分の発言で会議の流れが変わったことが
楽しいのだ。自分の影響力を実感したいから。

しかし、そうなると「じゃあ、どちらの案がいいか、再度、各自で検討し
調査して報告してください」みたいになると、またA案とB案の比較検討作業に
戻ってしまう。現場社員に対して、その作業を強いることに、一体どんな
意味があるのだろうか?

もちろん、本当にB案のほうが優れていると思うなら、その案を
押すのは悪いことではない。しかし、それほどこだわりがないにも
関わらず「自分の意見を通したい」という理由だけで、
推薦案をひいきするのは、会社にとって、デメリットしかもたらさない。


創業経営者の思想で考えれば、自己顕示欲など、どうでもいいはず。
かつて、自分のプライドをボロボロにされても、それでも
会社を大きくしてきた。それはつまり「会社にとって利益になるのならば、
自分の自我や自己顕示欲は二の次」という意識。
そのような意識のない、ただ「話したいだけ」の管理職がいると、
現場の社員が混乱し、貴重な時間が奪われ、無駄な経費だけが消えていく。
それを自覚していない管理者は、会社にとってもはや必要な存在だとは言いがたい。

つまり「無駄な会議」の本質は「無駄な自己顕示欲」なのである。
話し好きの人間が集まる会議ほど、内容のない「俺の意見を聞け!」
的なバトルに終始する。それで半日、一日という貴重な時間が
奪われていくのだ。それが現場の実体。

一番の問題点は「会議に参加している人間の人件費に対するコスト意識の低下」
だろう。その点については、全ての社員が「経営者の視点」で考えなければ
ならない。確かに「会議で『自分を認めさせたい』という欲求」を満たせれば、
精神的にはすっきりするかもしれない。しかし、そんなことばかりやっていては
いつか会社は潰れてしまう。そうなると今度は「給料で満たせる欲求」が満たせなくなる
のだ。衣食住。人間の根本的な欲求。それを支えているのは「会社の利益」で
あることを忘れてはならない。

(次回につづく。)

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2005年03月04日

お互いにメリットの交換さえできれば人間関係はうまくいく

「社内での人間関係に疲れた」という理由で、会社を去る人がいる。
本来、社内でのすべての悩みの根源は「人間関係」なのだから、
すべての退職者は「人間関係が上手くいかずに辞めた」とも考えられる。

人が組織で働く以上、人間同士の間に発生する問題は避けて通れない。
上司と部下の関係、同僚との関係。組織が巨大化すればするほど、
その問題の糸は複雑に絡み合い、お互いに身動きが取れなくなる。

「なぜ上司は自分のことをわかってくれないのか?」
「どうして部下は言うことを聞かないのか?」
そんな悩みは、サラリーマンならば誰もが持っているはず。

しかし、なぜ「お互いのことを完全に理解しよう」などと思うのか?
そこに大きな落とし穴がある。

そもそも、人間というものは、自分自身のことをよく分かっていない。
自分がどんな性格なのか、何が好きなのか、本当はどんなことがしたいのか?
それを明確に答えられる人は少ない。

つまり、自分のことを自分でも理解できないのに、
他人のことを理解しようとするのは、土台無茶な話しなのである。
自分のことを他人に分からせようとする行為も無駄である。

だから、上司に自分の実力を認めさせようとか、
自分のスキルを理解させようと頑張っても、その頑張りは
往々にして無駄に終わるケースが多い。

また、上司の立場で「部下は話せば分かってくれる」とか
「俺のことを信じてついてきてくれるはず」などの過剰な期待は
しないほうが良い。

人間の心理というものは複雑で、そのときの気分や体調によっても
まったく性質が異なったりする。攻撃的になったり、温和になったり。
それは本人でも意識レベルでコントロールできないほど、難しい構造。

だから、家族でさえ、完全に分かり合えないのだ。
親子でも喧嘩をする。恨んだりする。兄弟でも。
そして、夫婦でさえも。自らの意志で選び、愛し合って
一緒になった人間同士でさえ、完全に理解しあうことなど不可能。

それなのに、なぜ上司と部下という他人、しかも
「ただ偶然、一緒の職場に配属されただけ」の存在が、
完全にお互いを理解し合えることを期待するのか?
それは家族が理解しあうことよりも、もっと難しい。

だから、あなたは上司のことを理解しようなどと考える必要は無い。
部下のことを理解しようとも考えなくてもいい。
社員同士の関係は、家族同士の関係よりも短い。
相手が辞めてしまうとか、他部署に配属になれば、
そこですぐに切れてしまう、短期間の関係。
だから、そんなに深追いする必要もない。

では、社内でのドライな関係を保ちつつ、
仕事を円滑に進めるためには、どうすればいいのか?
それは「お互いにメリットがある関係かどうか?」だけに
集中して、距離感を調整することである。

ビジネスの原則とは「売る側」と「買う側」の
双方向にメリットがある、ということ。
商品が売れれば、開発者や販売者は儲かる。
一方、その商品を手にすることで問題を解決したり、
快楽を得ることができる消費者もまた、メリットを享受できる。

上司と部下の関係においても、この法則は成り立つ。
上司にとって、優秀な部下の存在は、とても重要なもの。
たとえ自分が無能でも、部下が優秀なら、黙っていても仕事をしてくれる。
だから、優秀な部下は上司に対して大きなメリットを与えることが出来る。

一方、部下の立場からすれば、給料や査定という以外のメリットとして、
その上司から、何を得られるか? を常に意識している。
飲み会でおごってもらえるとか、遊びに連れて行ってくれるとか、
そんな単純なことから始まり、もっとビジネスの観点で言えば、
「自分より優れたスキルを持っているから、それを伝授してもらえる」
という期待も発生する。

そのとき、相手の人間性や性格まで、すべてを把握する必要は無い。
上司にしてみれば、その部下の内面までは理解できなくても、
仕事を的確にこなしてくれる存在ならば、何も文句は無いはずだ。
部下の立場から見ても、たとえその上司が内面的に好きになれなくても、
自分が目指すべきスタイルやスキルを手に入れている存在だとしたら、
そこから学ぶべきことは多いはず。

そもそも、人間というものは、相手を完全に理解している暇などない。
だから、自分にとって、そして相手にとって、どんなメリットの交換が出来るのか?
それだけを考えてお互いの距離感を保った方が、気楽だし、
人間関係で疲れたり、悩むこともなくなるのである。

(次回につづく。)

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2005年03月02日

メンタル面での人件費を削減する。

多くの経営者は「コストダウン」と「資金繰り」のことで
頭がいっぱいである。ある程度規模が大きくなり、上場して
資金が集めやすくなれば話しは別だが、そこまで行き着くまでには
やはり、多くの経営者が通るべき「苦難の道」があるもの。

先日、私と同い年ぐらいの経営者にお会いした。
彼は、20代前半でパソコン教育関連の事業を興し、
最初は順調に進んでいたのだが、急拡大しすぎて人件費などがかさみ、
最終的には2千万円ほどの赤字まで膨れ上がったのだと言う。

毎日考えることは「今月の給料がちゃんと払えるかどうか」ということ。
経営者なら、誰もが経験する悩みだろう。
とても同世代とは思えない、かなり大変な苦労を経験した一人だ。


経営者は常にコストダウンと利益のアップを考えている。
特に、会社の立ち上げ時期は、社長自分自身の給料のことなんて
考える余裕は無い。

その点では、サラリーマンの場合、入社したらすぐ「自分の給料のこと」
を考える余裕がある。会社の経営と、自分が貰う給料は別。
ある意味、利害が一致していない状態。

会社にとって、社員の給料はコストであり、人件費はもっとも
大きな経費の1つ。つまり、社員が増えれば増えるほど、
会社の利益を圧迫する。社員の給料が増えることは、会社のコストを
増やすことになる。それでも社員は、自分の給料を増やしたい。
だからそこには、ある種の対立が発生する。越えられない一線があるのだ。

経営者が会社の利益を考える場合、そこには「得た利益を使って
次にやりたいことを実現させる」という目標がある。
もっと大きなことをやりたい。もっと自社の商品を広く伝えたい、など。
つまり「求める利益」は「さらなる利益の追求」のために使われることが前提となる。

だが、サラリーマンが「自分の給料を増やしたい」と考えても
「自分の給料が増えることで、会社の利益が増す」という考えにはつながらない。
もし、社員が会社の利益を真剣に考え出したら「もっと安い給料でかまいません」
と申し出るしかない。しかし、誰がそんなことをするだろうか。

このような「搾取し、搾取される関係」を改善するためには、どうすればいいのか?
答えは「会社の利益を社員に分配する仕組みの正当性」を追求することにある。

社員は、自らが出した仕事の成果が、給料に反映されないことに
怒りを覚えるのであり、決して「会社が儲けていること」に反対しているわけではない。
むしろ「もっと会社が儲かって欲しい。そして、その利益を社員に還元してほしい」
と願っている。そのような意味では、究極の目的は一致している。

では、なぜ社員は「自分の仕事に対する報酬が適切に分配されていない」
と感じるのだろうか。それは「仕事」と「それが生み出した利益」の関係性
が不透明だから。

時間を長くやればいいのか、新規顧客を開拓すればいいのか、
社内の経費削減案を提示すればいいのか、
一体何をもって「最大の評価」が得られるのかが客観的に示せないと
誰もが主観で判断する。『一番頑張っているのは俺だ』という解釈。

そのような不信感、不満が募ることで、現場のモチベーションも下がり、
結果として会社の利益を下げることになる。社員のモチベーションが下がることは
社員の作業効率が下がるわけだから、余計な増員などで「コスト増加」になる。

「コスト削減」と言えば、誰もが「電気をこまめに消せ」とか
「パソコンを安い機種に変える」など、物理的な面でのコスト削減に
注目してしまう。

しかし、一番大きなコストである「人件費」について、
どうすればコスト削減になるか? を、メンタルの面から、
もっと真剣に考えてもよいのではないだろうか。

人件費についても、物理的な面だけで見れば「2人でやっていたのを1人に
減らせばいい」などと、単純なリストラになってしまう。
しかし、その1人のモチベーションが究極に下がった状態では、
まったく意味をなさない。

つまり、物理的に人を削減するだけではなく、残った人材について
「メンタル面でモチベーションを高めるための工夫」をすることによって、
「仕事に意欲的に取り組めない」という無駄なコストを削減することができるのだ。

では、どうすれば、社員のメンタル面を強化できるのか?
一番大切なことは、経営者の利害と、社員の利害を一致させる方向に
少しずつ進めていくことだろう。

お互いに越えられない一線があるとしても、それぞれが歩み寄ることは大切。
そして、経営者の思い、理念を伝える。
どんな経営者でも、私利私欲よりも「叶えたい大きな夢」が大切だと考えているはず。
その思いを伝えれば、社員も分かるだろう。もちろん、すぐには理解できなかも
しれないが、少なくとも「社長は自分がベンツに乗るために俺たちをこき使っている」
という不信感は消える。それだけでも、十分にやる気を高める効果はあるし、
一人で3人、4人分の仕事ができるほどに、作業効率を高めてくれたら、
それが最大の「人件費削減」になることは間違い無いのである。

(次回につづく。)

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