2004年11月29日

管理する人間と、管理される人間

世の中には、管理する人間と、管理される人間がいる。
別の言い方をすれば、すべての人間は「法律」という名の
第三者を作り出し、管理されているとも言えるが。

会社組織においては、管理者がいて、部下がいる。
多くの「辞めていく社員」たちは、その管理を
息苦しいと感じたからこそ、その組織から抜け出したいと
考えた。そして、自由になりたいと。

もちろん、転職を目的として辞めるケースもあるが、
それにしても「今の会社は管理体制が厳しすぎるから、
もっとフランクでフレキシブルな社風のところに
移りたい」という欲求があるとすれば、
それはやはり「管理と言う束縛から逃れたい」という
思い以外の何者でもない。

先ほど、Yahoo!のニュースで、
「刑務所に入るために、人を殺した」
という記事を見た。

管理されるために、自ら罪を犯す。
管理を自ら望むということだろう。

決められた規則、厳しい管理体制。
それを「束縛」と考えるか、それとも
「自分がどこを走ればいいのか?が決められない人のためのレール」
だと考えるか。


人は、誰もが、物理的に自由になったとしても、
究極的に言えば「管理から逃れること」はできない。
なぜなら、自己管理ができない人間に、自由は与えられないからだ。

そして、自己管理ができない人間、つまり
自分で自分を管理できない人間は、
第三者から管理されるしかない。

では、自分のことを
・自分で管理する
のと
・他人から管理される
のは、どちらが楽だろうか?

これは、圧倒的に「他人から管理される方」が楽である。
言われたとおりにすれば、何も考えなくていいからだ。

人間はだれでも、弱い存在である。
三日坊主という言葉があるように、
誰だって、相当に強い意志が無ければ、
何事も、長くは続かない。

出勤だって、朝早く起きるのは、
遅刻して怒られたくないという恐怖心が
働くからである。

会社のルール、仕組み、規則。
それらを「便利なレール」と考え、
月〜金は過ごす。
そして、土日や休日の使い方。
完全に「フリー」な時間を与えられた時、
完全に自分自身の責任で、時間の使い方が問われる時、
どのような行動をするか?
そこで「自己管理能力」が試される。

そもそも「時間」という概念が生まれたのは、
自らの生活を管理するためだ。
そして、管理した方が、自分にも、相手にも、
お互いにメリットがあるということに気づいた。
だからこそ、時間というルールを決めて、区切った。
カレンダーも同じことだ。

もし、時間という概念が無ければ、
私たちは「期限」というものを感じなくていい。
しかしそれは同時に、究極の「不便な社会」を
生み出してしまう。

例えば法律は、自らを守るためにも存在している。
それを「束縛」と考えてしまうようでは、
それは単なる「自己都合の解釈」に過ぎない。

会社が会社として成立していくためには、
ある程度の束縛的規則は必要不可欠。
それは、秩序有る社会を形成するためには、
欠かせない考え方なのだ。

そのような視点で、会社の規則を眺めてみると、
どれも「合理的」であるように感じられるのではないか?
例えば、わざと手続きをややこしくするようなルールが
あったとしても、それは「簡単すぎても困る」という
事情があるからに違いない。

それでも、そのルールを不条理だと思うならば、
自ら、それよりも優れたルールを考え、作り出し、
それを実行できるだけの組織を作るしかない。

しかし、多くの創業者は、それを願いつつも、
いつの間にか、自分も「官僚的な管理システム」
を作ってしまう。なぜなら、そこには
『そうせざるを得ない事情』があるからだ。

立場が違えば、考え方も違う。
親の心、子知らず。

今の会社のルールを否定することは簡単だ。
しかし「それ以上に優れたルールを考えること」
は、そんなに簡単ではない。

もし、それを考えることができるのならば、
あなたは「そのルールを企業に教える」というコンサルティングビジネスで
大儲けできるに違いない。
どの会社だって、社内規則や社員管理には、頭を悩ませているのだから。

(次回につづく。)

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2004年11月26日

組織の中で輝く人材になるために

次のような言葉がある。あるテレビドラマの中で
使われていたセリフだ。


人を照らすのは、人でしかない。


どんなに成功しても、その成功を、他の人たちに
認めてもらえなければ、そこに喜びは存在しない。
本当の成功とは、第三者から客観的に評価されてこそ、
成立するものなのだろう。

そもそも「成功」という言葉の定義も曖昧。
極論を言えば「死なずに生きているだけ」でも
成功なのだ。『精子の時代から、何億分の一の確率で
この世に生まれてきた』なんて例え話もよくあるが、
考え方次第で「自分は成功している」と、いくらでも
思い込むことは可能。


しかし、一般的に世の中で言われている「成功」には、
必ず、その成功に至るまでのプロセスが、物語として
存在していることを、忘れてはならない。

例えば、オリンピックにしても、メダリストが
『まったく努力しないで、偶然取れました。』
なんて言ったら、そこに感動は無い。

しかし
『何年も苦労して、毎日死にもの狂いで練習し、
やっとの思いで取れました』と言えば、
その感動は、何十倍にも膨れ上がる。

となると、成功とは「プロセス」であり、
決して「結果」ではないことが分かる。
宝くじで当てた3億円と、自分のビジネスで稼いだ3億円は、
同じ金額でも、まったく価値の違うものなのだ。

成功者が脚光を浴びるということは、
その成功者自身に「成功に至る感動的なプロセス」が
あったということ。
人を感動させてこそ、本当の喜びが得られる。
それが「人を照らすのは人」だという意味。

物質的な欲求は、やがて限界を迎える。
例えば、ベンツに乗っても、フェラーリに乗っても、
最終的には、その車に乗って、誰と一緒に、
どこに行きたいのか? が重要になる。
すると、恋人だったり、家族の存在が、
何よりも重要になるのだが、そこには、
お金だけではない「人間的な魅力」が無ければならない。

本当に好きな人と、ドライブできるのなら、
中古の軽自動車でもいいと思う。

本当に大切な家族と一緒に住めるのなら、
風呂なしのボロアパートでもいいと考える。

そのような「考え方の変化」が、少しずつ見え始めている今、
誰もが、精神的な喜びとか、感情面での充実度を
高めることに対して、昔よりも関心を持っていることは事実。

結局、人は「人とのつながりの中」でしか、感動できないし、
成長もできない。どんなに物理的な豊かさがあっても、
もし、無人島に一人だけ取り残されてしまったら、
映画「キャストアウェイ」の主人公みたいになってしまう。
バレーボールに名前を付けて、話し掛けたりするのだ。

会社という組織にいるからこそ、自分が輝く瞬間がある。
上司、同僚、部下。多くの人に囲まれているからこそ、
満足できるし、自分を成長させることもできる。

そう考えれば、「独りになること」は、とても怖いことなのかもしれない。
「独立」は、必ずしも「孤独」を意味するものではないが、
精神的な支えや、組織力というバックアップを失うという意味では、
もっと厳しい環境に置かれることは間違い無いだろう。
金銭的な面だけではなく、精神的な面でも、厳しい立場に。


誰だって、組織に縛られたくないと思うときがある。
独りになりたいときがある。でも、それも長くは続かない。
人間がサルから進化したのだとすれば、やはり、私たちは
「群れ」を前提として生きてきたし、これからもそうなる。

たとえ、インターネットが発達して、SOHOの時代が
来たとしても、それでも「人とのつながり」を、完全に
遮断することはできないし、それをやってしまうと、
ビジネスの楽しさも半減してしまうのだ。

あなた自身が、社内で輝いていられるのは、
あなたを照らしてくれる「人」が、周りにいるから。
そのことだけは、忘れてはならない。

(次回につづく。)

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2004年11月24日

就職とは、社員一人ひとりが、自分のビジョンを探す旅

就職活動をしている学生にしてみれば、
自分に合った会社を探すというのは、
これからの将来を決める、大切な選択だ。
私たちサラリーマンも、厳しい就職戦線を
勝ち抜いて、今の会社に就職したはず。

『私はそれほど苦労せずに入社しました』
という人でも、それなりに努力はしただろうし、
内定したときは、嬉しかったはずである。
何年も勤めていれば、その初心を忘れてしまうのは
仕方の無いことだが。

雇われる側にとって、会社を探すのが難しいのと同じように、
会社の経営者にとっても「優秀な人材を探す」というのは
常なる悩み。
だからこそ、転職支援サイトや、人材派遣系のビジネスが
成立する。欲しい時に、欲しい人材が、すぐ手に入るなんて
都合の良い話しはないからだ。

多くの経営者は、創業期には人が集まらないと苦労する。
まだ名前も知れていない中小ベンチャー企業に、
なかなか良い人材は集まらない。
かと言って、大規模な宣伝や求人広告を出す経済的な
余裕も無い。

しかし、ビジネスが軌道に乗り、会社の知名度が上がって
ブランド力が付いてくると、勝手に人材が集まってくる
ようになるから、一流大学の新卒でも、簡単に採用できる
環境が揃う。

多くの経営者は、そこでさらに事業規模を拡大しようと
考えるのだが、そうなると今度は、組織マネジメントの
問題が、必ず浮上する。

数十人規模の社員数であれば、社長の熱意、思い、ビジョン、
方向性を、明確に伝えることができるだろう。
しかし、社員数が数百人を超えると、もはや、トップの
情熱は、末端の社員にはとどかない。

しかも、その頃に入社してくる社員は、あきらかに
「会社のブランド」を目当てとして応募しているから、
ある意味、創業者のビジョンなんて、たいした問題ではない。

例えば、電機メーカーであれば、
ソニーや松下など、有名どころを、誰もが狙いたいと思う。
しかし、就職試験対策に、松下幸之助氏の著書を読んだり、
その経営理念を勉強しようと考える学生が、どれほどいるか?

もし、松下電器がまだ小さかったころに、就職を希望する
学生がいたとしたら、それはブランドに惹かれたからではなく、
松下氏の理念に賛同したからこそ、入社を希望したに違いない。

そのよう「熱い想い」が、いつまでも引き継がれればよいのだろうが、
組織が大きくなると、途中で管理職という名の壁が出来上がり、
その壁が、温度差を生み出してしまう。

もちろん、大企業に就職する学生みんなが、熱意を失っている
ということはないだろう。中には、松下氏のビジョンにあこがれ、
それで松下系列に入社したという社員もいるはずだ。

しかし、その「熱意ある社員」の上についた上司が、
必ずしも、その熱意を受け止めるだけの器を持っているかどうか?
それは運次第とも言える。

学校でも、クラス内で必ず派閥が出来上がるように、
組織が拡大すればするほど、その中で実際に稼動する
グループは、もっと小さな規模として生成される。
自然に分離していくのだ。それは政治の世界においても
見受けられる現象。同じ党内でも、まったくまとまりは無い。

事実、大きくなりすぎて、今、必死に分社化を進めている
企業も多い。人口減少の時代に「大きいことはいいことだ」
という大昔のフレーズは、もう通用しなくなってきている。

さて、もし今、あなたが勤めている会社の規模が大きすぎて、
その経営者の理念や、会社の方向性、ビジョンに、
あなた自身が賛同できなくなっているとしたら、
あなたは、これから、どのようなサラリーマン生活を
送るべきなのか?

その方法の1つとして、自分だけのビジョンを
作りあげるという方法がる。
自分が一人の人間として、これから世の中に対して、
何を伝えたいのか? どんな商品やサービスを生み出したいのか?

しかし、これを考え出すと、とたんに
「自分が本当は何をやりたいのか?」が分からなくなることがある。
ビジョンや理念なんて、一日や二日で思いつくものではない。
長い年月をかけて、自分の心の中で、少しずつ形成されていく
ものだからだ。それはまるで、地中で少しずつ形をつくる化石のように。

だから、学生時代に、ブランド力に惹かれて就職するのは、
ある意味、仕方のないことだ。
しかし、ブランドは、いつかは飽きる。
かならず飽きるときがくる。
価値観が変わってくるからだ。

もし、あなたが、今の会社に対して、
何らかの不満があるとすれば、
それは「ブランドで選んでしまった人生への後悔」
という気持ちも、多少なりとも含まれているはず。

もっと、燃え上がるような何かを求める気持ち。
その気持ちを、ずっと大切にし続けて、まずは、
今、目の前にある仕事に、全力投球してみる。

そうすれば、5年後、10年後、あるいは20年後
かもしれないが、あなた自身の「明確なビジョン」が、
心の中に形成されることは間違い無い。

(次回につづく。)

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2004年11月22日

就職とは、関連業務のアウトソーシング

ビジネスを始めると、当初予定していた以外の
さまざまな作業が発生する。
それは、週末起業を始めてみれば、すぐ分かる。

例えば「私は編み物が好きだから、手作りの編み物を
インターネットで販売したい」と考えたとしよう。
すると、当然、商品を作るという作業以外にも、
とても多くの業務が発生する。

・ホームページ作成
・サーバー/ドメイン管理
・掲載原稿記事の執筆
・商品の写真撮影
・ホームページへのアップロード、更新
・注文フォームCGIの作成
・注文メールの受注処理
・入金確認業務
・梱包、配送作業
・経理業務、確定申告

これ以外にも、ビジネス上での取引先への
メールの送信とか、お客様からの問い合わせへの対応。
そして、ホームページへのアクセスを増やすための
宣伝活動、メルマガ発行など、やるべきことは
無限に膨れ上がる。

そうなると、本来メインでやりたかった「編み物」
だけをやっているわけにはいかなくなる。
もともと、編み物が好きで始めたネットショップも、
やがて「こんなに面倒なら、私には無理」
と思って挫折してしまう。

このように、ビジネス創業の敷居は、予想以上に高い。
最初は「なんとかなるだろう」と思っていても、
実際には、かなり過酷な状況に陥ってしまう危険がある。


もし、金銭的に余裕があれば、ホームページ作成や経理業務は
外注に出すと言う方法もあるだろう。しかし、立ち上げ当初の
ネットショップ運営で、そのような金銭的な余裕があるだろうか?

しかも、ホームページ作成1つを見ても、本当に良い業者を
探すのは一苦労。下手すれば、完成度の低いホームページなのに、
法外な制作費を要求されるかもしれない。

だから、自分が本当にやりたいことをやるためには、
必ずしも、独立するという選択肢だけが、正しいわけではない。

例えば、本当に編み物が好きで、編み物だけに専念したいのならば、
編み物制作会社の製造部に就職するほうが、よほど楽しいのである。

会社員であれば、面倒な経理業務は、すべて会社の経理部が
やってくれるし、その他、いろんな面でのサポートが受けられるから、
遠慮なく「編み物作成」という仕事だけに専念できる。

もちろん、給料は安いかもしれない。しかし、
「本来、自分でやるべき経理や関連雑務を、会社にお金を払って
やってもらっている」と考えれば、会社の取り分を給料から
ピンハネされても、納得できるのではないか?

サラリーマンでも「自分は個人事業主である」という感覚を持てば、
自分に必要な業務を、会社という組織にアウトソーシングしていると
考えることができるのだ。

そのように考えれば、
『本当に自分がやりたいことに専念するために会社に残る』
という選択肢も、幸せな選択肢の1つと言えるだろう。


(次回につづく。)

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2004年11月19日

使われていない時こそ、何をするか?

日常生活において、私たちは、多くの生活費を、
毎月、支払い続けている。

家賃、食費、ローン、そして、自動車関連費。
特に、車は、何かとお金がかかる贅沢品だ。

車体のローンと、任意保険、車検、それに駐車場。
乗るのは週に1回でも、そのために週5日間は、
毎日、維持費が消えていくのである。


可能ならば、使う時だけ、お金を払いたいものだが、
「所有」したければ、どうしても維持費を払わざるを得ない。
レンタカーや電車では、やはり100%満足のいくような
仕様にはできないし、レンタルしたり、駅まで歩く手間も
意外と面倒なものだ。


このような「維持費がかかる」という観点で、
会社組織を考えてみると「正社員を確保すること」にも、
かなりのコストが必要になることは、言うまでも無い。

特に、新入社員の場合、最初の数ヶ月間は教育三昧。
会社にとっては、何の利益も生み出してはくれない。
それでも投資して育てるのは、後々利益を生み出してくれると言う
目論見があるからだ。

もちろん、維持費を極力安くするために、人材派遣会社を
利用している企業も多い。今の時代、あらゆる業務は
アウトソーシング可能なのだから。

しかし、何でもかんでも、アウトソーシングだけで
賄えるかといえば、そうでも無い。やはり、正社員の存在も
必要なのである。

例えば、私のような技術職の場合、あるシステム開発の
プロジェクトにおいては、外部の派遣エンジニアを使うことが
多いのだが、その中にも、必ず数名は正社員(プロパ)を混ぜ、
管理したり、一緒に検討したりする。

なぜなら、肝になる部分の考え方などは、やはり、
長期間システム開発に携わった経験者の意見が必要だし、
それまでの会社の社風や文化に沿って、開発要員を教育
していかなければならない。そのような業務は、
ある日突然呼ばれて来た派遣社員には難しいだろう。


それと、もう1つの問題点は、必要な時に、必要な人材が
必ずしも見つかるとは限らない、ということだ。
派遣会社が派遣してくる社員も、千差万別、十人十色。
毎回、優秀な人材だけを回してもらえるとは限らない。
だから、急ぎで人手が足りない時も、最悪、お目当ての社員が
見つからないという危険もある。

そのようなリスクを考えると、やはり、ある程度の
維持費を確保してでも、正社員を入れておきたいというのは
企業のホンネだろう。レンタカーではなく、やはり、自分の愛車を
持ちたい。

しかし、儲かっていれば別だが、仕事が無い時に、
ただ座っているだけで給料を持っていかれるような社員は、
正直、厄介だと思うだろう。
乗りもしないのに、なぜ自動車税を全額払うのか? みたいな心境だ。

だとすると、これからの正社員に求められるのは、
「仕事が無いときに、どのような行動を、自主的に取れるか?」
ではないだろうか?


例えば、個人で所有している車。
サラリーマンの場合、月〜金は駐車場で停まっているだけ。
乗るのは土日。

だとしたら、月〜金には、他の誰かに車を使ってもらうという
考え方で、シェアできるかもしれない。個人間でレンタルするなど。
そうすれば、維持費も使用率に応じて折半できるし、
お互いにメリットも多い。土日仕事のサービス業の
家族が近所に住んでいたら、相談してみるのもありだろう。

今挙げたのは一例だが、このような考え方で
「使われていないものを、どうやって有効活用するか?」
という視点で、正社員サラリーマンの生き方を考えてみると、どうなるか?

タイムシェア、ワークシェアという言葉もあるが、
実際に、『今日は仕事が無いから半日で帰っていいよ。でも給料は半額ね』
なんて言われたら、路頭に迷う社員が大勢でてきてしまう。

だからこそ、大切なのは、そのような状況になったとき、
「路頭に迷わなくて済む」ように、社員一人ひとりが
実力を身に付けること。

例えば、各社員が、週末企業や副業を持っていれば、
その半日を使って、自分のビジネスを進めることが出来る。
給料が半分に減っても、副収入があれば問題ない。
これは、会社にとっても、社員にとっても、双方向に
メリットがある。

会社側も、仕事が無くなれば、利益は出せないから、
いままでどおりの給料は支払えなくなる。
となると、給料ではなく「時間」で社員に還元するしか
無い。

毎日、会社のことしか頭にないと、
いざ、会社の仕事が暇になった時に、
「自分が何をすべきなのか?」が見えなくなってしまう。

仮に、一週間という時間が与えられたとしたら、
その時間を使って、どう自分のビジネスを発展させるか?
もらった「時間」を「お金」に変える力。

それさえ身に付ければ、会社の仕事が減ったとしても、
何も心配することは無いし、会社側も、いつでも
「今日は帰っていいよ」といえる。

そのうち「毎月、第二第四水曜日は半日デー。みんな帰って、自分のビジネスをしよ
う!」
みたいな風潮が生まれてくれば、このような考え方も自然なものとして浸透していく
に違いない。


(次回につづく。)

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2004年11月17日

管理職にとっての「次のステージ」とはどこか?

「組織の新陳代謝」というと、どうしても、若手を重視し、
年配の社員を軽視するように思われがちだが、そういうことではない。

ただ「ずっとそこに留まっていること」が問題だとするならば、
年齢を問わず、誰もが、常に新しいステージに進むという意味での
「代謝」を心がけなければならない。

留まっているというのは、単に、場所や役職だけを意味するものではない。
その個人の考え方や価値観、目指すべきものを改革していくということ。
次から次へと目の前に現れる階段を、一歩ずつ上っていくようなものだ。
なぜなら、ずっと同じ段に止まっていては、後から来る人たちが
上ってこられないからだ。

そもそも、なぜ、ずっと同じ段に留まっていると、問題なのか?
もちろん、留まりながらも、継続的に利益を上げることができる
社風または仕組みがあれば、何ら問題無い。

しかし、留まることによって「変化を嫌う」という傾向が
出てきてしまっては、そこから何も、新しいものが生み出せなくなってしまう。
そこには「慣れ」や「飽き」が発生し、それがビジネスにおいて
マイナスの方向に働いてしまうのだ。

学生を例に、考えてみよう。
大学の場合、1年から4年まで、段階的に上がっていく仕組みがある。
それは、一年という区切りで、しっかりと区分けされているから、
普通に勉強していれば、自然に上がることが可能。
しかし、留年というリスクもあるから、誰もが必死になって勉強するし、
卒業しようとする。留年したくない、という恐怖心が、
次のステップに進むための、大きなモチベーションになる。

だが、もし大学4年まで行って、就職先が無かった場合、
どうするだろうか? なんとかして、必死に、働く先を見つけるに違いない。
もう大学には残れないという自覚を、しっかり持っているからだ。

それに対して、会社組織では、どうだろうか?
入社一年目、二年目、三年目・・・
いずれ、新人の領域を脱して、一般社員から、
係長、課長というステップを、自然に登ることになる。
もちろん「早く出世したい」という欲求はあるかもしれないが、
逆に「出世できなかったらどうしよう」という恐怖心は少ない。
なぜなら、出世できなかったとしても、給料はもらえるし、死にはしない。
下手に出世して、責任を押し付けられるのは御免だという考え方もあるだろう。

つまり、そこには、学生時代ほどの「留年したらどうしよう」という恐怖心は無い。
だから、ずっと係長だろうが、ずっと課長だろうが、それでいいと思う。
そのままでも、何ら生活に支障は無いのだから。

社内の椅子の数は限られている。だからこそ、みんながみんな、
管理職になれるわけじゃない。しかしながら、管理職になれない人間は、
そのまま、成長せずに、同じ場所に留まっているというのも、面白くないと
感じるだろう。

そのような場合は、社外に目を向けて、独立なり、
自分で会社を作るなり、新しい道を目指せばよいのだが、
現実問題としては、リスクもあるし、なかなか難しい面もある。

一方、会社によっては、特定の部署だけを分社化し、
独立採算制にすることで、これまで管理職だった人材を、
その分社先のトップにするという方法を取っているところも多い。
そのほうが、本人たちの「本気モード」に火をつけることができると
考えたのだろう。

大学生は、大学生でありながら、ずっと大学に留まろうとはしない。
それは、一時的な通過点であることを、知っているからだ。

会社組織においても、ある特定の役職を「通過点」という前提で
考えるならば、年齢を問わず、常に、自らに対して「新陳代謝」
を意識できるはずである。

そのためには、選択肢を広げることが大切なのだが、
その前提にあるものは「社外にも目を向ける」ということ。
そうすれば、次に自分が目指すべきステージが、自然と見えてくる。


仮に、現場でバリバリ作業をしていた社員が、
管理職になったとしよう。彼は、もう現場で作業をする
ことはなくなった。部下に任せるという「人の管理」が
主な仕事になったからだ。
そこで『やっと俺は現場の作業から開放された。これからはのんびり
楽が出来るぞ』と考えると、そこから発展は無い。

そうではなく、次のステージ、つまり
「人を管理する」という仕事に対して、どこまで真剣に取り組めるか?
それが勝負の分かれ目。

これまで、現場の作業をバリバリこなしてきた社員なのだから、
もともと、優秀な社員であるはず。そのような社員が、今度は
「人の管理」について、真剣に取り組んだら、きっと、とても
優秀な管理者になることは間違い無い。

そこには、現場の作業で培ってきたノウハウだけでなく、
新しいスキルが必要になる。コーチングやマネジメント能力が問われる。

『名選手は、必ずしも、名監督にあらず』
スポーツの世界でも、よく言われることだ。

管理者として、一段上に上がった社員が、次に何を考えるか?
その取り組み方1つ考えるだけで、会社も社員も、大きく発展できることは
間違い無いだろう。


(次回につづく。)

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2004年11月15日

社内の新陳代謝を活性化するには?

リクルート社の社員は、入社当時から独立を意識しているから、
退職後も、幸せな人生が送れるのだと言う。
もともと「依存思考」など皆無だということだ。

社内の方針としても「新陳代謝を活発にする」という意味で、
若い社員の意見を積極的に取り入れているし、実際に、
その中から生まれた企画も多い。

また、OBどうしても連携が強く、既に
「元リクルート社員」というブランドが成立している。
そのような意味では、若手社員も、良い意味での「踏み台」
という考え方を持って入社してくるから、すべての
業務において、自発的な行動ができるのだろう。

これと同じような例として、テレビ局のアナウンサーがある。
多くのアナウンサーは、ある程度、局アナとして有名になったら
フリーになるという王道が用意されている。
そして、テレビ局側も、それを推奨しているのが事実。

なぜなら、テレビ局側も、毎年、若いアナウンサーを
入社させるわけだが、古株のアナウンサーが巣立ってくれないと、
新人アナウンサーが座る席が確保できない。

特に、テレビのような業界は、視聴者が「飽きてくる」から、
ある程度、入れ替えていかなければ、数字も取れない。

一方で、報道番組や、特番の司会などは、ある程度の経験と
高いスキルを持った実力のあるアナウンサーが求められる。
そのような「新たな市場」を、自ら開拓していってもらうことが、
会社と社員の、両方にとって、もっとも大きなメリットがあると
いう考え方に基づいている。


リクルートも、テレビ局も、1つの「会社組織」であることに
変わりは無い。しかし、一般の企業と比較して、このような
新しい考え方を導入しているという点では、極めて「先進的」
と言えるのではないだろうか?

当然、年功制度に基づけば、
「年取れば、給料は高い」という図式になるしかない。
逆に、若手社員は「安月給でこき使われる」という宿命。

しかし、若手社員に、いつも「独立」という将来が
明確に見えているならば、日々の仕事に対するモチベーション
は、明らかに違ってくるだろう。

なぜなら、年功制度で生き残る方法と、市場で独立して生き残る方法は、
まったく異なるからだ。

年功制度で生き残るためには、いくら実力だけを身につけてもダメで、
会社の組織や力関係や、上司との関係などを、しっかりと見極めなければ
ならない。どんなに実力があっても、上司から嫌われてしまっては、
出世できないというのが現実。

一方「自分の本当の価値を確かめるフィールドは、会社の外にある」
という事実に気付き、そして、会社側も、いずれはそのフィールドに
飛び出すことを推奨しているならば、若手社員たちが、本当に求めるものは
「実力」しかない。それは見せ掛けではなく、本当の実力。

そして、本当の実力を身に付けるために、若手社員たちは、
勝手に社内で「メンター」を作り出す。それは、所属や部署を超えて、
自分が本当に、心から信頼できる上司、本物の実力を持っている上司。
そのような「心から尊敬できる人」に出会えたら、その若手社員の
仕事に対する意欲は格段に高まる。

事実、新陳代謝を活発にしている会社では「本当に優秀な上司」
しか、社内には残れないはず。だからこそ、社内に残っている上司は
「本物の上司」ばかり。そして、その「すばらしき上司たち」から、
何かを教わりたいと思って、優秀な若手社員が集まる。
このような好循環が生まれてこそ、会社の実力はどんどん高まっていくものなのだ。

「いつか辞めることを前提として入社する」という考え方。
会社にも「卒業」が必要なのだとしたら、それは一律60歳だと、
だれが決めたのだろうか?

そして、その「卒業」を積極的に推進するような社風とルール。
それがあってこそ、新陳代謝が活発化し、本当の意味で
「時代に取り残されない企業」が誕生するのである。

(次回につづく。)

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2004年11月12日

どうすればビジネス視点を鍛えることができるのか?

前回に引き続き・・・

サラリーマンが、二本の得意分野(柱)を持つことのメリットは
もう1つある。それは、視野が広がることによる、良い意味での
本業へのフィードバックが得られることだ。
それを感じられるようになれば、本業の充実度がさらに高まることは
間違い無い。私自身も、それを実感してきた。

柱は、1本では不安定なのである。
「×」(かける)という記号は、2本の柱がお互いに
頼りあい、重なり合って形成されている。

お互いのスキルが、お互いを支えあう関係。
この状態を、自分の中で構築することができれば、
まさに、鬼に金棒なのである。


ビジネスで成功するためには、
「何を見ているか?」よりも「どこを見ているか?」
のほうが、重要である場合が多い。
例えば、同じ場所にいても、同じ映像を見ても、同じ本を読んでも、
その人が、どのような視点または切り口で、その情報を捉えるか次第で、
そこから得られるノウハウは、まったく違うものになる。

例えば、私の場合、もともと本業はIT業界のエンジニアだから、
Webに関する知識は詳しいが、その反面、マーケティングや経営、
集客、宣伝、営業に関しては、まったくのど素人だった。

だからこそ、もっとマーケティングを学ぶ必要があると思ったし、
営業やビジネスの手法を、書籍やセミナー、各種教材から徹底的に
吸収した。

その結果、インターネットマーケティングのスキルを向上させることが
できたので、結果として、メルマガ発行やサイト運営および
ネットショップの通販事業が、軌道に乗っている。


過去の私を含め、多くの人は
「IT系のスキルがあれば、インターネットビジネスで成功できる」
と考えているかもしれない。しかし、それは大きな間違いだったと、
私自身が気付くことができた。それは、インディーズCD販売で
失敗したからだ。

どんなにホームページ作成のスキルが高くても、それは
「儲かるホームページを作るスキル」とは、まったく関係が無い。

クリック率を上げたり、反応が良いキャッチコピーを考えたり、
絶妙な価格設定を決めたり、広告のタイミングや媒体を選んだり・・・

そのようなスキルは、決して、本屋のコンピュータ書のコーナーに
並んでいる「簡単!ホームページの作り方」という本には載っていない。
そのような本に載っているのは、日曜大工で言えば
「のこぎりとかなづちの使い方」に過ぎない。

つまり、どんなに大工道具の使い方が上手でも、
・その道具を使って、どんな作品を作るのか?
・その作品は、いくらで、どこに、どうやって売るのか?
というスキルが無ければ、商売としては成立しない。


となると、IT系のスキルを持っている人間こそ、
マーケティングや営業を学ぶ必要があるし、
逆に、営業のスキルがある人間は、ちょっとWebの
スキルを身に付けるだけで、大ブレイクできる可能性がある。

このように、ビジネスの成功に必要な要素は
アナログとデジタル、両方なのである。

どんなに優れたシステムを構築しても、
そのシステムが、人間の心を捉えるものでなければ、
売れる仕組みは作れない。
例えば、デザインはカッコいいが、まったくアクセスが無い
Webサイトのようなものだ。

逆に、どんなに人間の心を掴む「アナログ」の部分が
充実していても、それを上手くシステム化しなければ、
ビジネスとして発展させることは難しいだろう。
例えば、とても親切なおばちゃんが、商店街で開いている
コロッケ屋さんのようなもの。もし、フランチャイズ化すれば
全国展開も可能な味を持っていても、システム化の知識がなければ、
小さな一店舗で終わってしまう。


もちろん、ビジネスを拡大させることだけが幸せとは限らない。
自分が管轄できる範囲内でビジネスを収束させるほうが
楽しいと考える事業者もいるだろう。

しかし、可能性として、
「どうすれば今のビジネスをもっと発展させられるか?」
を考えながら、日々の仕事をこなすのは、それだけで
わくわくするし、楽しいものである。
なぜなら、人は「一皮向けた瞬間」に、もっとも喜びを
感じるからだ。


そのような「大いなる目標」を自分に掲げていると、
世の中の見え方が、次第に変わってくる。
例えば、サラリーマンが「週末起業で大成功するぞ!」
という目標を持つと、社内に落ちている多くのノウハウが
たくさん見えてくるようになるのだ。
それが、本業へのフィードバック効果。

そして、その視点の鋭さは、どんどんと鍛えられ、
それは、会社の中だけでなく、日常生活のあらゆる
場面で活用されるようになる。


例えば、私は今朝、通勤時、駅の階段付近で、
ボーっと突っ立て入る人を見て
「じゃまだよな。忙しい時間帯なのに」
と感じた。
その人は、どうやら、電光掲示板を見て、
電車の行き先を確認していたようだ。

たしかに、毎日通勤している人以外の「初めての人」
ならば、分かり難い面もあるのだろう。

さて、ここで、単なる「朝、むかついた話し」で
終わらないのが「視点の鋭さ」である。
その状況を見て、そこからどんな教訓を得て、
それを、自分のビジネスにどう生かすか?
そのような質問を、常に自分自身に与え続ければ、
どんなに些細な出来事も、すべて教訓に見えてくる。


駅で突っ立っている人を見て、今までの私なら
「なんでそんな簡単なことが分からないんだ?」
と思うだけだった。

しかし、冷静に考えてみれば、自分自身も、
旅行先で、初めての路線に乗るとき
「これは快速? 各駅? 目的の駅には止まる?」
などの疑問が湧いたことは、何度もある。

つまり、一見、簡単そうなことでも、
初めての人にとっては、分かり難い表示や構造に
なっていることがある、という教訓。

これをインターネットビジネスに当てはめて
考えてみると、例えば、Webサイトのトップページの構成。

自分で作成する場合、何度も更新しながら確認しているから、
出来上がった後で「これはとても分かりやすい!」と、自分では思う。

しかし、本当にそうなのだろうか?

初めて訪問した人が、「???」を連発するような
不親切なレイアウト、表現などは無いか?

そう考えていくと、「もう完成されたもの」と思っていても、
まだまだ改善の余地が有る。
それを少しずつ改善していくことが、ビジネス成功への
階段を、着実に上がっていくということなのだ。


「何を見るか?」ではなく「どこを見るか?」
そして、その現象をどう解釈し、どんな教訓を得るのか?

それを常に考えながら、日々の仕事に従事すれば、
次から次へと、新しい発見があるし、どんどん情報が飛び込んでくる。

それを実感できるようになったら、
あなたは、今までの何倍ものスピードで、成長することが出来るのだ。

(次回につづく。)

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2004年11月10日

得意分野を2つ持っていると強い

専門知識の習得と、一般知識の習得。
そのバランスをどのように調整していくか?
は、サラリーマンにとって、大きな課題の1つだ。

例えば、技術職の場合、その技術分野に特化したスキルについては、
非常に高い能力を持っているサラリーマンは多い。
それは、IT技術者だけでなく、医療技術や、食品加工技術、
または、建築、設計、金融についても、同じことが言える。

しかし、WEB技術に詳しいITエンジニアが、
必ずしも、インターネットビジネスで成功できるとは限らない。

同じように、大手証券会社に勤める金融の専門家でも、
自分で株式投資をして、成功できる保証は無い。

つまり、どんなに専門知識を有していても、
ただそれだけでは「人から使われる存在」で終わってしまうということだ。

もちろん、それ自体を否定しているわけではない。
高い専門技術を持っていれば、大手企業が高く買ってくれるからだ。
つまり、高い給料と、好条件で、大きな仕事ができる。
それも、幸せな生き方の1つと言えるだろう。

しかし、それは、別の意味で言えば、リスクを伴う。
そのリスクとは「専門技術以外のスキルを習得することに
億劫になる」というリスク。

なぜなら、その専門技術さえあれば、生きていけるのだから、
わざわざ、別の分野の面倒なことを勉強する必要など
感じるはずが無い。

人間は誰もが、自分が得意な分野で勝負したいと思う。
自分が勝てるフィールドで勝負したいと思うのだ。

だから、IT技術者は、金融を学ぼうとは思わないし、その必要も感じない。
同様に、経済のプロが、WEB技術を学ぼうとも思わない。

しかし、もしそれを学ぶことができたならば、
スキルは掛け算的に増加していくことは間違い無い。

なぜなら、金融の知識を持った人間が、
ちょっとWEBを勉強すれば、
インターネット上での株取引など、
金融系のビジネスを有利に展開できる可能性があるからだ。

逆に、IT技術の専門家が、
もっと、資産管理や経営学について学べば、
インターネットの特性を活かして、
もっと大きなお金を動かせるようになるかもしれない。


サラリーマンとして、1つの分野のスキルを極めることは
とても素晴らしいことである。
しかし、それとは別に、ちょっと「畑違い」のスキルを
学んで、既に持っている専門技術とミックスしてあげるだけで、
ビジネスの可能性は、何倍にも膨らむのである。

知識の習得は、浅く広くだけではだめだが、
深く狭くだけでも不十分なのだ。

かと言って、広く深くを追い求めていては、
一生、求めつづけるだけで終わってしまうだろう。

だから、せめて
「狭く深くを、2つ」
を目指すべきだと考える。

そうすれば、その両者が掛け算となり、
大きなビジネスチャンスを生み出してくれる。

ビジネス界で成功している人のパターンを見ると、
2つのスキルが突出していて、それを組み合わせているパターンが
非常に多い。例を挙げると、

金融 × IT

英語 × マーケティング

営業 × 財務


1つだけでは、使われる身。
2つあれば、自分でビジネスを始めやすい。

誰だって、必ず、2つぐらいは、得意分野があるはずだ。
その両者を「成功の二大柱」として、じっくり育てていく。

どちらか一本は、会社で仕事をしながら身に付けることができるだろう。
しかし、もう一本は、完全に自己啓発として、自分の時間を使わなければ
難しいだろう。

そこで、週末や定時後の使い方が決まってくる。
どんな柱を育てたいか? は、あなたの考え方と
行動しだいで決まるのだから。

(次回につづく。)

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2004年11月08日

社内で不公平を感じたときの対処法

次のような言葉がある。

*

短期的に見れば、不公平なことでも、
長期的に見れば、必ず公平になる。

*

サラリーマンでも、起業家でも、
今、自分が置かれている立場、あるいは、
自分が担当しているビジネスについて、
それを客観的かつ長期的な視点で見られるかどうか?
は、とても大切な要素である。

特に、サラリーマンの場合、毎月給料が必ず入ってくるという、
ある意味、安定した境遇に慣れてしまっているから、
どうしても、今月、来月、再来月・・・
というように、短期的な視点でしか、
ビジネスを捉えることができなくなってしまう傾向がある。

例えば、
『今月は残業○時間だから、残業代○万円だ。』
『来月は車検だからお金がかかるから、いっぱい残業しなきゃ』
という具合だ。

「生活残業」という言葉がある。もちろん、それ自体は否定するつもりはないし、
家計上、残業代に生活を依存しているという状況の人も、少なくないだろう。

しかし、本当に問題視すべきことは、サラリーマンの視点が、
毎月の残業代ばかりに向いてしまうと、視野が狭くなり、
短期的な見方しかできなくなってしまうことにある。


短期的な視点とは、一年後より、一ヶ月後を重視する姿勢。
来年の給料より、来月の残業代のほうが大切だと感じる気持ち。

そのような状況では、長期的な視野で、自分のビジネスを
分析することは難しい。

そして、視野が短期的になればなるほど、
どうしても「楽な道」を選ぼうとしてしまう。
そこに大きな問題が潜んでいる。

例えば、高校生が、大学受験を控えても、なかなか勉強に身が入らず、
どうしても、遊んだり、サボったり、楽な道に逃げてしまうケース。

これは「今、楽しむこと」を重視している結果である。
つまり、視野が短期的になっているから、5年後や10年後の
自分の姿を見据えた上での行動ができない。
もちろん、高校生の時点で、そこまで考えられる人間のほうが稀だろう。

しかし、もしあなたが今、あの頃(高校時代)に戻れるとしたら、
もっと必死になって、勉強しようと思うのではないだろうか?
やり残したこと、やっておきたかったこと、たくさんあるはずだ。

それは、5年後、10年後、自分がどうなるかを
知ってしまったから。それを知っていると言うことは、
自分の人生を長期的な視点で分析できるということ。


これと同じように、サラリーマンの人生を、長期的な視点で考えてみる。
例えば、30代の社員は、20代のころに、何をやっておけばよかったと後悔するだ
ろうか?
40代の社員は、30代のころに、どんな勉強をやっておけばよかったと思うだろう
か?

ある程度、未来が予測できるようになれば、それは、
「今、何をすべきか?」が、明確に見えてくるようになる。

そして「今、やっておくべきことが、後々、何倍にもなって戻ってくる」
という確信が持てるから、その行為(例えば自己啓発や勉強)に対する
意欲も高まるのだ。


どんな仕事でも、一時的に、楽な道を選んだ方が、得なような気がする。
逆に、大変で儲からない仕事を押し付けられた社員は、不公平だと感じる。
しかし、それは短期的に見れば不公平かもしれないが、長期的に見れば、
苦労した人間ほど、そこで実践的スキルを学ぶことができるから、
後々の人生を有利に進められることは、まず間違い無いだろう。


ある中小企業(住宅リフォーム会社)は、ずっと大手住宅メーカーの下請けとして、
厳しい条件(低賃金)で、仕事を受けていたという。
しかし、その厳しい条件の中で、高いクオリティーを維持する
ノウハウを身に付けることができたので、その「スキル」を武器に、
大手の下請けから脱却し、エンドユーザーから直接受注を取る戦略に
変更したという。その結果、低賃金で、とても良い仕事をすることが
評判になり、数年後、その地域トップの工務店に成長したというのだ。


例えば、若くて実力があるのに、安い賃金で働かされているサラリーマンが
いたとする。彼らは「不平等」を感じながらも、一生懸命に、与えられた仕事を
こなしつづける。

その結果、若手社員は、社内でナンバー1の実力を身に付けるだろう。
そうなれば、その実力を発揮することで、いくらでも自分のビジネスを
発展させることが出来るに違い無い。


自分が与えられた、ある意味「不利な立場」を、「不平等」と考えるか?
それとも「後で何倍にもなって取り返せる」と考えるか?
その解釈の仕方1つで、日々の仕事への取り組み方が、変わることは間違い無い。


(次回につづく。)

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2004年11月05日

長期のSEOと、短期のメルマガ広告

会社の業務を、長期的な視点と、短期的な視点で見ると、
評価の対象としては、短期的な視点による業務のほうが、
高い点を与えやすい。

なぜなら、短期的な仕事は、その場で利益や効果を
簡単に測定することができるが、長期的な仕事は、
その効果が表れるまで、一定の時間が必要だからだ。

この現象を、インターネットマーケティングに置き換えて
考えてみると、それは、メルマガ広告とSEOに分けて
考えることができる。

例えば、ネットショップにおいて、短期的に、一気に
売上を上げたい場合は、メルマガ広告を使うのが
最も簡単な方法だ。

特に、配信部数の多い媒体に、ヘッダー広告などを
載せれば、その瞬間だけは、急激にアクセスを増やすことが
できるから、短期的に売上を上げることができる。

そして、その結果が黒字であれば(売上が広告費をペイするならば)
その仕事は、評価に値すると、誰もが判断できる。

しかし、メルマガ広告の弱点は「即効性はあるが、持続性がない」
ということ。つまり、メルマガを出した瞬間は急激にアクセスが増えるのだが、
その効果は、24時間から、長くても48時間程度しか続かない。

だから、何度も広告を出しつづけることになるのだが、
それはギャンブルのように「あたりはずれ」がある。
それは、とてもリスキーなビジネスモデルなのだ。
常に、広告という名の博打を打ちつづけなければならないのだから。

一方、SEOは、メルマガ広告とはまったく逆の考え方である。
即効性は無いが、持続性は無い。SEO対策の効果は、
ボディーブローのように、ゆっくり、じわじわと効いてくる。

例えば、ページ内にキーワードを積極的に埋め込んだり、
サイトの文章量を増やしたりしても、その翌日から
すぐアクセスが急激に上がることはありえない。
なぜなら、検索エンジンのスパイダー(クローラー)が、
新しいページを読み込んで、データベースに登録するには、
数日から数週間はかかるからだ。

そのように、少しずつ手を入れて、ページランクを徐々に
上げていく地味な作業。それがSEOである。

だから、SEOは、完全に長期的な視点での仕事。
効果が出るまでには、4ヶ月以上かかることもある。
だから、効果が計測しにくいのだ。

だが、SEOも、メルマガ広告も、どちらも
同じように、大切なインターネットマーケティングの手法。
どちらか一方だけに頼るのではなく、バランスよく
対応していかなければならない。


もし、これを「会社の業務」として行なう場合、どうだろうか?
メルマガ広告を担当する社員と、SEOを担当する社員。
短期的に利益を出し、結果をすぐに報告できる社員だけが
高い評価を得るような評価制度だと、誰もが、メルマガ広告のような
短期的かつギャンブル的な仕事を好むようになる。
そんな状態では、いつまでたっても、安定した収益は得られない。

SEO対策のように、一見、地味な作業でも、
地道に続けておくことで、ビジネスの根幹を支えている場合もある。
ミュージシャンで言えば、一発屋大ブレイクか?
それとも、演歌のように、十数年、ゆっくり、じっくりタイプか?

前回の投稿でも触れたが「種まき」の期間を
正しく評価する仕組みがなければ、長期的な視点で見たとき、
その会社に安定をもたらす要素を潰してしまう危険がある。

長期の視点、短期の視点。
その評価制度についても、両方をバランスよく平等に
評価する仕組みやルールを作ることが、会社および社員にとって、
今後の大きな課題であることは間違いないだろう。

(次回につづく。)

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2004年11月01日

社員一人ひとりが「自分で考える」ための仕組み作り

短期的な視野と、長期的な視野。
どちらも大切であるが、その仕事における
立場の違いによって、どちらの視点で利益を
重視するか? は大きく違ってくる。

成果主義や年俸制の特徴としては、
該当期に、どれだけの利益を上げたのか?
を数値で判断するというのがある。

つまり、その期の結果こそがすべてであり、
「来期は頑張ります!」といっても、評価されないから
何の意味も無い。

だから、担当者あるいは、各部署の管理者は、
どちらかといえば、短期的な利益を追求せざるを得ない。
つまり、5年後、10年後のことより、
来月のこと、再来月のことのほうが、彼らにとっては重要なのだ。
もちろん、その考え方自体は自然であり、誰も否定できないだろう。

しかし、会社の経営という意味では、どうだろうか?
5年後、10年後のように、中・長期的な視点で
会社の方向性を決めることができなければ、
永続的に利益を出し続けることは難しいだろう。

中・長期的な視点でのビジネスとは、簡単に言えば
「今は利益にならないが、いずれ、大きな利益につながるような
ビジネスの下地作り」である。
このような「種まき」の段階を、しっかりこなしてきた会社は
数年後、大きな利益を、その畑から回収することができる。

しかし、実際に種まきに参加した担当社員は、
「今年は種まきだけだったので、まだ収穫はありません」
と答えてしまうと、その期は「評価無し」という
悲惨な状況になってしまう危険性がある。
だから、誰もが「種まき」より「刈り取り」を
重視してしまうのだ。

その問題の根源にあるのは、
「種まきの価値を正しく評価できない上司側」にも
あるのだが、そのような状況を放置しておくと、
多くの社員が「まだ育ちきっていない苗も、無理矢理刈り取る」
という行為に走ってしまうため、気づいたときには、
畑には何も残らないし、誰も種を撒いていない、
という「笑えない状況」になってしまう。

難しいのは、そこで撒いた種が、
「本当に芽を出すのか?」を判断する基準の設定だろう。

もしかしたら、芽は出ないかもしれない。
しかし、そのようなリスクは、ある程度覚悟しなければ、
いつまでも既存ビジネスに頼ることになるので、
それ以上の発展は無い。


1つの考え方としては、いわゆる
「種まき」的な業務と、「刈り取り」的な業務の
両方の視点から、その社員の仕事を評価するという
方法があるだろう。

だれもが「自分は刈り取りにまわりたい」と思うだろう。
そうやって
「今期は100本刈り取りました!」
「私は200本刈り取りました!」
と、自分の評価を報告したいはずだ。

だが、一方で、
『じゃあ、種はいくつ撒いたんだ?』
という質問を投げかけてみなければ、

「刈り取りは100本でしたが、種は1000粒撒きました」

「刈り取りは200本でしたが、種まきはやってません。」

という回答が返ってくるかもしれない。
そして、長期的に見れば、前者の社員のほうが、
会社に大きな利益をもたらしてくれるかもしれないのだ。

なぜなら、後者が刈り取った200本の中には、
まだ育ちきっていない苗が含まれていたかもしれないからだ。


一番大切なことは、種まきを担当した社員一人ひとりが
「この種は、いずれ、どんな苗に成長するのか?」
を、きちんと意識して、ビジョンを持った上で、種を撒くことだろう。

でなければ、ただ単に、数をこなすために、種を「消化」する
ような仕事しかできなくなる。


例えば、ティッシュ配りのバイトがあるが、あれは
「ティッシュを減らすこと」だけに集中して配っているとしたら、
本当に「広告効果」を意識した配布はできないだろう。

だとすれば、配る本人一人ひとりが、
「どうすれば、広告効果が最大になるか?」
を考えながら配れるような仕組みを作れば、
もっと、効率的に配れるし、宣伝効果も上がるに違いない。

具体的には、例えば、ティッシュの封入チラシに番号を付与しておき、
どのエリアで配られたものかが、あとで計測できるようにしておくとする。

そして、そのチラシ(や割引券)などを持ってきた客が多いエリア
のアルバイト(つまり配った人)に、臨時ボーナスを与えたり、
ランキングを発表して、時給を上げたりしてみる。

そうすれば、配る側も「ただ単に、数を減らすだけのため」に
配るのをやめて「本当に来店してくれそうな客に絞って配る」
というように、頭を使うようになる。その結果、無駄な配布が減り、
利益も上がるから、その一部を、配る人に還元するという流れ。

そのような「仕組み作り」をしっかり実施すれば、
ただ「無意味に数だけを追い求める」という仕事は
まったく意味がないということに気づく社員が増える。
その結果、担当者一人ひとりが「本当の利益とは何か?」
を、自ら考えて、追求するようになるのだ。

それは「早く数を消化する」という短期的な視点から
「どうすれば利益が生まれるのか?」という長期的な視点へのシフト。

その「視点の切替」こそが、これからの会社経営にとって、
本当に必要とされる「スキル」の1つなのである。

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