2004年09月29日

あなたが転職時に最も重視するものは何か?

今後、会社が社員をつなぎとめておくために
必要なものは、給料や福利厚生よりも
「その会社で、どんなスキルが学べるか?」
が重視される時代が来る。

しかし、だからと言って、新卒の学生に対して、
いきなり「我社で学べるスキルは・・・」
と語りだしても、社員を集めることは難しいのも事実。

なぜなら、新卒の学生には、
「その会社で、どんなスキルが学べるか?」
まで考える余裕が無いからだ。

学生という、ある意味「親に守られた環境」から、
「社会人」という荒波の世界に挑んでいく時、
一番最初に心配になるのは、衣食住である。

つまり、マズローの段階的欲求の理論に従うならば、
まだ、住むところや、家賃、毎日の食費が
安定していない状態では、とてもじゃないが、
将来の夢とか、スキルアップとか、自己実現については
考える余裕は無い、ということになる。

だとすれば、新卒採用時の求人においては、
やはり、給料やボーナスの待遇、そして
福利厚生面での充実度、さらには、
社内の人間関係、組織の良好さ、などを
アピールすることになる。

そして、そのような「恵まれた環境」を提供できる
会社には、多くの「成績の良い」学生たちが集まる。
だから、大企業や上場企業は、寮・社宅の充実化など、
福利厚生にも力を入れざるを得ない。


そして、そのような恵まれた環境で、安定した衣食住を
手に入れた社員たちが、入社3〜5年後、次に求めるのは
「やりがい、将来の夢、スキルアップ、自己実現」
という、精神的な欲求である。
これに会社がこたえることができるか?
が、若手社員の流出防止の鍵になるのだ。


一方、中途採用、再就職の場合、
就職希望の社員は、はじめから、福利厚生を期待していない
場合が多い。
なぜなら、一度、前の会社を辞めている時点で、
「次の会社では、条件が悪くなるかもしれない」
ということを覚悟した上で、再就職に挑んでいるからだ。

そして、前の会社で数年間働いた経験から
「別に、ぜいたくを望まなければ、どんな会社でも、
最低限の生活は保証されるのだから、
倒産でもしない限り、衣食住に困ることは無いだろう」
というのも、十分に理解している。

つまり、次の会社に求めるものは、
夢、やりがい、スキルアップ、自己実現なのだ。

「せっかく転職するのだから、
今度は、本当に自分がやりたい仕事をやろう!」
と、誰もが考える。
転職活動とは、つまり「自分の人生の棚卸し」でもあるからだ。

だとするならば、優秀な中途採用社員を雇いたければ
福利厚生面や給与面での充実化を訴えるよりも
「会社の業務を通じて、なにを学べるのか?
そして、そのスキルは、10年後、どのような
業界で通用する(役に立つ)のか?」
というメリットを全面に押し出して
アピールするほうが、自然な流れではないか?

もし、中途採用で、福利厚生面を重視するような
希望者がいるとすれば、その人は
「前の会社よりも、待遇が良いところ」
を探しているに過ぎない。つまり、
そのような人材を採用しても、もっと
待遇の良い会社を見つけたら、簡単に
転職されてしまう、と考えるのが自然だ。

だとすれば、
「うちは給料は安いし、社宅も無いけど、
仕事のやりがいとか、学べるものは大きいから」
という言葉に反応する社員を集めたほうが、
本人のためにも、会社のためにもなるだろう。

新卒採用は、待遇重視。
中途採用は、スキルアップ重視。

雇われる側も、そのような視点で、
転職先あるいは、今の会社を見つめなおしてみると、
また、新しい発見があるかもしれない。

(次回につづく。)

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2004年09月27日

これから会社が社員をつなぎとめておくために必要なもの

「会社を辞めることへの恐怖心」を増大させてきた一番の原因は、
「情報の無さ」にある。

年間、どれぐらいの人が、会社を作り、
潰し、あるいは、成長、上場させてきたのか?
そのような具体的情報は、一切入ってこなかったし、
ましてや、学校の社会化の授業で「会社の作り方」
なんて項目は、一切無かった。

最近の小学校では、このような起業・独立系の
教育が取り込まれつつあるのかどうか?
は知らないが、いずれにせよ、
私たちの時代には、そのようなことは教えられなかったし、
考える機会すら与えられなかったのが事実。

つまり、当時の一般人にとって「会社を作る」
というのは、有り得ない選択肢であり、
そんな芸当が出来るのは、まるで神様であるかのように
「特別な存在」だと、信じ込まされていたのだ。

その、ある意味では宗教的な洗脳が
「会社を辞めることへの恐怖心」を増大させ、
社員を組織に繋ぎ留めるための精神的な接着剤の役割を果たしてきた。

しかし、今はどうだろうか?
空前の起業、独立ブームの中、
雑誌「アントレ」をはじめとする、
独立支援系の情報誌が、書店に氾濫している。

「1円会社の作り方」
「週末起業」

さらに、インターネットを使って、
起業支援情報を伝える媒体(サイト、ブログ、メルマガ)
も増えてきているし、今後も増えつづけることは確実。

そこで、多くの情報提供者が語るのは「成功事例」である。

私は元サラリーマンで、今は年収1000万円!!
私はこうやって、独立して成功した!!

という類の体験談。

また、それらを裏付けるために、
失敗談も惜しみなく披露する。

そのような「ホンネ情報」が氾濫するのが
インターネットの世界。小冊子もしかり。

このような情報が、学生や若手社員に入ってくると、
これまでの恐怖心は好奇心へと変わり
「自分にも出来るんじゃないか?」
という希望を抱く。それは自然な流れだ。

ただ、その一歩先に、実際にやってみたものだけが
体験できる世界がある。それは「挫折」である。

私も、週末起業実践者の一人として語るならば、
はっきり言って、サラリーマンの仕事だけを
していたほうが、よほど楽。
それぐらい、面倒で、大変で、精神的にも時間的にも、
とても辛い面がある。
ただし、肝心なのは、それをイベントとして
楽しめるかどうか?

そして、もっと大切なのは、そのような
大きな壁にぶち当たったときに、
自分の甘さや無力さを実感し、
謙虚に受け止められるかどうか?
なのである。

「会社を辞めることへの恐怖心」
が薄れてくると、
会社は、もはや、恐怖心だけでは
社員を繋ぎとめておくことは出来ない。

では、これからの会社は、
どうやって、社員をつなぎとめればいいのか?

それは「スキルアップの可能性」である。

起業に対して興味を持った若手社員は、
とりあえず、インターネットを使って、
週末起業から始めてみる。

準備段階が一番楽しい。
「俺は凄い!会社を辞めても生きていけるはずだ!」
という傲慢さも、ここで現われてくる。

しかし、その希望は、すぐに打ち砕かれる。
集客できない、アクセスが増えない、売れない・・・

こんな状況が続き、多くの人は迷い、そして試行錯誤する。

その結果、思い知るのだ。
自分にはまだまだ、勉強すべきことが沢山あるという事実を。

そのとき、やっと気づくことになる。

本当の恐怖とは、会社を辞めることではない。
自分の実力が十分でないまま、いきなり崖から飛び降りることが
危険なのだ、ということに。

逆に言えば、しっかりと装備を整え、準備を万端にしてから、
かつ、崖の構造を調べ尽くした上で、
崖から飛び降りるのであれば、それほど恐怖は無いし、
危険度も低くなる。

それに気付いた時、次に欲しくなるもの、それは
「自分をスキルアップするための場所」である。

そうなると、今の会社への見方が変わる。

「給料を貰うために嫌々通っていた場所」

から

「お金を貰いながらスキルアップできる最高のステージ」

という見方に変わる。

そして、この「最高のステージ」は、
社員を会社に繋ぎとめておくためには、
十分な魅力を兼ね備えているのだ。

これからの会社が、社員を繋ぎとめておくための手段。
それは、

「会社を辞めたら死ぬぞ!」
という恐怖心、つまり『マイナス的思考』ではなく、


「会社でスキルアップすれば、独立も夢じゃない!」
という希望感、つまり『プラス的思考』なのである。


事実、日本企業の社風が副業容認の方向に動いていることは
ご存知だと思う。

今後、就職活動において最も重視されるのは
「その会社から、どんなスキルを学べるか?」
に変わっていくだろう。
それは、給料の額や福利厚生よりも、重視されつつあるのだ。

(次回につづく。)

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2004年09月24日

これまで社員をつなぎとめてきた「恐怖による支配」の崩壊

若手社員の価値観が多様化し、
会社に一生勤めることだけが人生じゃない
という考え方が広まった1つの要因としては、
「情報流通速度の加速」が挙げられる。

もちろん「会社以外の人生」に対する憧れは、
若手社員に限らず、現在の40代、50代にも
少なからず、あったはずだ。

しかし、具体的な確信が持てなかった。
実際に、会社を辞めて、その先に何があるのか?
どんな人生が待っているのか?が見えなかったし、
イメージできなかった。
それが、辞めることへの恐怖を生み出していたのだろう。

そもそも、「支配」とは「恐怖」が前提として成立する。
ここで言う恐怖とは、つまり、未知への恐怖。

会社を辞めたら、どうなるのか?
それが見えていなければ、そこが、たとえどんなに
有望な世界であろうとも「未知であること」に変わりは無い。

そして、人は、未知への侵入に対して、最も恐怖を感じるのだ。
飲食店でさえ、初めての店に入るのは、緊張するだろう。
私は、初めてスターバックスに入ったとき、緊張した。
「どんなメニューがあるのか? どうやって注文するのか?」
人間の精神力なんて、しょせん、その程度のものなのかもしれない。

となれば「会社を辞める」という、人生に関わる決断をするとき、
それは、スターバックスに入るのとは、比べ物にならないくらい、
強大な恐怖と伴うことは、容易に想像できる。

しかし、その恐怖心こそが、社員を会社にとどめ、
組織を固めるための接着剤の役割を果たしていたのかもしれない。
だからこそ、これまでの組織運営が成り立ってきた。

だが、それは、逆に考えれば、ある一定の「恐怖心」がなければ、
人は、人を支配できない、ということになる。

例えば、一番分かりやすい例。子供をしつけるとき。
「ウソばかりつく悪い子は、閻魔大王に舌を抜かれますよ!」

この脅し文句は、子供が「閻魔大王の存在の真偽を知らない」
ことを前提として、効力を発揮する。
つまり、子供が「本当は、閻魔大王なんて、いないんだ」
という事実を知れば、簡単に反論されてしまう。
だから、母親は、子供を支配できない。

となると、支配から脱却しようとする原動力は「情報」なのである。
つまり、本当のことを知っていれば、怖くない。たたそれだけのこと。

言うまでも無く、これまで「本当のことを知る」のは、難しかった。
テレビ、雑誌など、加工された情報では、本音の部分がすべて
覆い隠されてきたからだ。それは、アダルト情報に限らず、
企業の実態、政治の実態もしかり。

インターネットの出現で、情報は、より高速かつ手軽に
手に入るようになっている。つまり、もう「覆い隠せない」のだ。

となると、若手社員たちは、気づく。気づき始める。
「本当は、閻魔大王なんて、いなかったんだ」ってことに。

良い大学に入って、大手企業に入れなかったら、自分の人生は終わる。
そのような、幻想の閻魔大王に騙されていたことに気づいたとき、
だれが、会社組織に対して、従来のような忠誠を誓えるというのか?

価値観の多様化は、情報の流通活性化によって、さらに加速される。
となると、会社側も、若手社員をつなぎとめておくためには、
「本当の価値」を提供するしかない。

見かけ上の成果主義や、ビジョンのない管理者による組織。
今まで覆い隠してきた殻が、少しずつ剥がれ落ちてきている今、
「恐怖心」以外で、社員をつなぎとめておく方法を、
真剣に考えなければならない時期に来ているのではないか?

(次回につづく。)

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2004年09月22日

10年後の新入社員の価値観は、どう変化するか?

若手社員のミッション・ベクトルがどちらを向いているか?
という議論に限って、検討するならば、
これまでの若手社員(現在の20代後半、もしくは30代前半)
のミッション・ベクトルは、間違いなく、上司の方向を向いていた。

なぜなら、最初から顧客の方向を向いている人材は、
きっと、就職せずに、即、自分のビジネスを立ち上げている
はずだからだ。

しかし、現在の私も含めて、大企業や上場企業に
就職する人間の目的は「安定」であることが多い。

もちろん、その業務のやりがいや、面白さもあるだろうが、
それよりも、まずは、生活・収入の安定が優先される。
これは、特に責めるべきことでもなく、人間として、ごく当たり前のことだ。

心理学者マズローによると、人間の欲求は、段階的に発生するという。
つまり、階層化されているのだ。

そして、一番最初に来る欲求は、生理的欲求。
これは、食欲、睡眠欲など、生命体としての基礎的な欲求。

それが満たされて、はじめて、
「もっとやりがいのある仕事がしたい!」
という、成長欲求や、自己実現の欲求が生まれる。

だから、大企業に就職して、まずは生理的欲求を満たすための
土台、つまり安定した収入を確保することが優先されるのだ。
夢を追いかけるのは、その後でいい。

そう考えると、なぜ、ミッションベクトルが、上司の方向を
向いてしまうのか? も、簡単に説明できるだろう。

上司から嫌われることは、その社内で、生きていけなくなることを意味する。
つまり、出世はおろか、最悪の場合は、減給や解雇という事態を招くことになる。

だから、
「お客様の役に立ちたい!世の中に認められる製品を作りたい!」
という欲求よりも
「上司に嫌われたくない」
という欲求のほうが、優先度が高くなるのは当然の結果なのである。

しかし、そのような風潮も、あと10年もすれば、
徐々に変化してくることは間違い無い。

10年後、若手社員として入ってくる人材は、
現在の14歳から16歳、つまり中高校生である。

彼らは、既に、ニュースで、大企業の失態や崩壊を
目の当たりにしている。
テレビをつければ、リストラ・失業・リストラ・失業
という言葉のオンパレード。

そして、親でさえ、
「これからは、良い大学に入って、
良い会社に就職しても、一生安定ってわけには
いかないみたいだねぇ〜」
的な雰囲気を、子供たちに感じさせる。

だとすると、現在の中高校生たちは、
「出世できないこと=人生の破滅」
とは考えなくなるのは、当然の流れだ。

つまり、とりあえず大学に行って、
就職するかもしれないが、
最初から「一生、大企業に面倒を見てもらおう」
という考えは、持っていない状態で入社してくるだろう。

つまり、最初から「依存していない」のである。
せいぜい、次のステージに進むための「つなぎ」でしかない。

そのような考え方を持っている若手社員にとって、
上司の「俺の言うことを聞かなかったら、出世できないぞ!」
という脅しは、まったく通用しなくなるのだ。
なぜなら、そもそも、出世しようと思っていないのだから。

おそらく、その頃の若手社員の価値観は
「その瞬間が楽しいかどうか?」にシフトしている。
つまり、その瞬間において、その上司から、何らかの
「学ぶべき点」があれば、従うだろうし、
何も無ければ、さっさと「サヨナラ」するのだ。
もしかしたら、海外に行ってしまうかもしれない。
若さという武器は、フットワークの軽さに直結する。

そこで、もう一度、ミッション・ベクトルという切り口で、
10年後の若手社員を考えてみると、どうなるか?

彼らのミッションベクトルは、もはや、上司でもなく、
顧客でもない。自分自身なのだ。

自分の人生の中心は、常に自分であるという考え方。
自由である反面、誰からも強制されない代わりに、
誰にも依存しない。だから、上司にも依存しないかわりに、
上司から束縛もされない。

感覚的にフリーであるということ。
今後、会社の寿命は、どんどん短くなっていくと言われている。
中小企業の場合、10年サイクルで、大きな波が来て、
自然淘汰されるという見解もある。

となると、まるで、サーフィンのように、
時代の波に合わせて、次々と乗り換える人生を
選ぼうとする若者も、増えるに違いない。

しかし、これは、ただ単に、フリーターが増える、
という意味ではない。
学生だって、そんなに馬鹿じゃない。
時給800円で、自分の大切な時間つまり人生を
切り売りするなんて馬鹿げていることは、しっかり理解している。

だからこそ、休みも取れて、しっかりボーナスも貰える
会社に就職するための努力は惜しまない。
だから、資格をとり、好成績を取り、面接対策を勉強する。

しかし、そのベクトルの基準は
「自分が人生を楽しむこと」なのだから、
彼ら、若手社員の内面までもを、会社が支配することは不可能。
感覚的にフリーターでありながら、押さえるところは押さえ、
きっちり就職しながら、出世競争に深入りせず、自分の人生を楽しむ。

そんな感覚の生き方が、主流になってくると考えられる。

例えば、リクルート社の場合、積極的に、社員の独立を推奨しているという。
そのほうが、社内の新陳代謝が活発になる、という考えだ。
その方針自体には、賛否両論あると思うが、もし、
そのような考え方が、これからの若手社員に受け入れられるのだとしたら、
企業社会全体が、そのような価値観にシフトしていくことは間違い無いだろう。

(次回につづく。)

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2004年09月20日

仕事の本質とは何か?

若手社員に、長期的な視野を持たせる。
つまり、自分の分担業務が、そのプロジェクト全体の
どのような位置づけにあるのか?
そして、将来的に、どのような方向に進もうとしているのか?
を理解させる。
これは、とても重要なことだ。

これは、単に、仕事へのモチベーションを高める
という意味だけではなく、仕事の本質を捉えさせる
という目的にも、大いに役立つ。

仕事の本質とは、究極的に言えば、
その業務自体が、利益を生み出しているかどうか?
別の言い方をすれば、最終的な顧客にとって、
有益であるか? である。

接客業やコールセンターなど、
完全にエンドユーザーを対象としている業務なら別だが、
多くの設計系、開発系、事務系の業務は、
通常、エンドユーザーに直接触れる機会が
圧倒的に少ない。

つまり、顧客の顔を見ずに、
顧客に向けての商品を作っていることになる。

そのような職場で、ずっと仕事をしていると、
一体誰が客なのか? を見失いやすくなってしまう。

そうなると、直属の上司が、ある意味、
自分にとっての最重要顧客であると、
無意識に考えてしまうのだ。

「お客様は神様です」という言葉があったが、
それと同様に、
「上司は神様です」的な発想になってしまうと、
そこから、新しい発想は、何も生まれなくなる。

なぜなら、部下にとっては、その商品が、
本当に顧客のために有益であるか?
よりも、
「自分が上司から嫌われないか?」
のほうが、圧倒的に、優先度が高いからである。

だからこそ、週報を書くのに、何時間もかけて、
口頭で済むような話でさえ、ご丁寧に、会議用の
資料を、格好良く体裁を整えて作ったりする。

そんなことをしていても、顧客の利益にはならないことは
お互い、十分に承知しているはずだ。

ある経営者は、その著者の中で、この悲しむべき現象を
「ミッション・ベクトル」と表現していた。

つまり、自分自身が、その仕事において、使命感(つまりミッション)
のベクトルを、どの方向に向けているか?
という比喩。

本来、ミッション・ベクトルは、顧客の方向を
向いていなければならない。それこそが、
企業としてあるべき姿。

しかし、若手社員の関心は、企業理念や方向性よりも
「いかにして上司から嫌われないか?」または
「いかにして上司から気に入られるか?」である。

もちろん、それ自体を責めることはできない。
彼らにとっては、それも「生きる術」だからだ。
だからこそ、彼らのミッション・ベクトルは、
顧客方向ではなく「上司の方向」を向いてしまっている。

さらに厄介なことに、そのベクトルに対して
上司は、さらにベクトルで返そうとする。
つまり、上司自身のミッション・ベクトルも
顧客方向ではなく、部下の方向を向いてしまうケース。

上司からすれば、部下に対して、自分の権力や
能力を誇示したい、という気持ちが、必ず発生する。

そのようなベクトルが、上司と部下との間で
ぶつかり合うことで、余計なエネルギーが消費され、
仕事の効率は、驚くほどに下がってしまうのだ。

本来、上司も、部下も、
そのベクトルは、企業理念の方向、すなわち、
顧客方向を向いていなければならないのだが、
それを忘れてしまっては、どんなに社員一人一人が
努力をしても、利益が出るはずが無い。
せっかくのエネルギーも、使う方向を間違えると
まったく役に立たなくなってしまうのである。

だからこそ、仕事の本質を捉えることが大切なのである。
冷静に見る。客観的に見る。
プロジェクトが大きくなればなるほど、
その姿勢は大切だ。

自分が今、やっていることは、本当に必要な作業なのか?
単に、上司のご機嫌を取るためだけの作業になっていないか?

逆に、上司の立場から見て、今、部下に指示している作業は、
本当に、有益な作業だと言えるか?
短期的に、緊急度の高い作業ばかりでなく、
長期的な視点で、もっと重要度の高い作業を
させるべきではないか?

若手社員も、ベテラン社員も、このような、
長期的な視点と、徹底的なコスト意識を持つことで、
無駄な会議、無駄な資料、そして、無駄なストレスが軽減される。

それが「仕事の肝を捉える」ということであり、
それは、会社の利益追求においても、何よりも大切なことなのだ。

常に、自分のミッション・ベクトルの方向性を確認する姿勢。
それを忘れなければ、社員は、自分自身の人生という、
大切な時間とエネルギーを、無駄にしなくて済む。


(次回につづく。)

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2004年09月17日

仕事の全体像が把握できなくなることの弊害

若手社員が、日々、緊急度の高い仕事を担当することで、
社員自身の視野が狭くなると言う副作用が起こる。

ただでさえ、若手社員の視野は狭くなりがちだ。
仕事に慣れていないせいもあるが、
目の前に置かれた仕事をこなすことで
精一杯になっている状況では、
その仕事の全体像を把握することは不可能に近い。

一般に、大手企業、上場企業の場合、
請け負う仕事も、大企業を相手にしている場合が
多い。BtoB。

となると、予算も数億円規模になり、
人員も数百人を超える。

そのようなプロジェクトの中で、
社員一人ひとりが分担できる仕事の量なんて
限られているから、担当者レベルまで
その仕事を落とし込んだ場合、
各社員は、自分が携わっているプロジェクトが、
社会的に、どのような意義があるか?
なんて、考えもしなくなる。

もちろん、入社前は
『大企業に入って、大きなプロジェクトに参加したい』
という夢があったはず。

しかし、プロジェクトが大きくなればなるほど、
その中で発生する雑務、資料作成、単純作業も
多くなるわけで、それらを処理するための
人員の数も膨大になる。

そしてもちろん、そのような雑務を請け負うのは
新入社員の仕事。

特に、新人が押し付けられる仕事として多いのは、
会議の議事録だ。

プロジェクトが大きい場合、毎週、定例会議が
開催されるのだが、それに参加する多くの人は、
自分に関係の無い議題にも付き合わなければ
ならないという矛盾にうんざりしている。

だからこそ、他人の話しなんて、いちいち聞いていられずに、
自分の担当業務と関係の無い議論が始まったら、
意識は別のところにいってしまう。

そんな状況の中、だれも議事録なんて書きたくないし、
書いても、自分の役に立つ情報なんて、ほとんど無いことに
気付いている。単なるメモだからだ。

そのため、議事録の作成は、新人に押し付けられる
格好の雑用となる。

押し付ける側の言い分としては
「会議に出て、しっかりと、先輩方の話しを聞きなさい。
そして、それを議事録に書けば、勉強になるから!」
と。

もちろん、それも一理ある。
だが、そもそも、プロジェクトの全体像が見えていない
新人に、会議の議事録を書かせるのは、
やらされる本人にとっては、未知の宇宙空間に
戦いを挑むようなものなのだ。

意味不明の専門用語が飛び交い、
話しの本質が理解できないから、
議事録の内容も、的外れになりやすい。

あとで、その議事録を第三者が見た時に、
『あれ、そうだっけ?』
というような内容になってしまう。

もちろん、その困難を乗り越えてこそ、
新人は、漠然とではあっても、
そのプロジェクトの全体像を、少しずつ
把握していくことになるのだろうが、
問題は、議事録を書く本人自身が、
そのことを自覚しているかどうか?
である。

最悪のケースは、
「あなたの仕事は何ですか?」
「今、どんな仕事をしていますか?」
と聞かれたときに

『議事録を書いています』
と答えてしまうケース。

言うまでも無く、これは表面的な課題であり、
その先には
「プロジェクトの全体像を把握し、
将来、そのプロジェクトの一部に
本格的に携わるための準備をしている」
という、本質的な課題が含まれている。

それに気付いている若手社員ならば、
積極的に議事録作成に取り組み、
分からない点はどんどん自ら質問するであろう。
だから、通常よりも速いスピードで情報を吸収し、
1日でも早く、先輩に追いつこうとする。

しかし、自分の仕事が
「議事録を書くことだ」
と思い込んでいる社員は、
それ以上の発展は無い。

せいぜい、覚えるのは、ワードやエクセルの
使い方ぐらいだろう。

そのような状況が続くと
「俺は、こんなことをやるために
会社に入ったんじゃない」
という不満を抱くことになり、
それが、仕事へのモチベーションを下げ、
最悪の場合、退職という選択肢を選ばせてしまう
ことになるのだ。

では、これを防ぐためには、どうすればいいのか?
それは、仕事を与える上司の側が、
常に全体像を把握して、幅広い、長期的な視点で、
新人を指導することである。

業務を細分化し、議事録作成を新人に頼むことは悪くない。
しかし、そのときに、間違っても
「お前の仕事は、議事録を書くことである」的な
指示をしてはいけない。

そうではなく、
「この議事録を作成することによって、
プロジェクトの全体像を把握し、流れを理解する。
その結果、君が将来、プロジェクトの一部を
担当することになったときに、その情報や知識が
役に立つ」
という視点で、指示を行なうべきなのである。

プロジェクトが大きくなればなるほど、
その社会的意義や、本来の目的について、
視点を合わせることを避けようとする傾向がある。

その理由は「夢を語るのはカッコ悪い」というような
風潮かもしれない。

極端に言えば、
ガソリンスタンドのアルバイト店員という仕事があるとして、
「しょせん俺はバイトだ」
と考えて仕事をするのと、
「自分がガソリンを入れることによって、トラックが走り、
その結果、日本の産業が発展する。さらに、休日に、
家族が乗ったRV車に給油をしてあげれば、
その家族の、楽しい一日を手助けすることができる。」
のような、その仕事の「社会的位置付け、意義」を考えて
仕事をするのとでは、同じ仕事でも、
あきらかに、姿勢が違ってくる。

しかし、後者のような「大げさに夢を語ってんじゃねーよ」
的な風潮が、自分の仕事に対して大きな視野を持つことを
けん制しているのだ。

「おれは○○だ。」
「○○に携わっているんだ」

という大いなる自信。
その自信があれば、仕事に対するモチベーションは
間違いなく上がる。

もし、あなたの社内の若手社員が、
仕事への意欲を失いかけているとしたら、
それは、日々の業務に対して「視野が狭くなっている」
ことが原因の1つである。

その場合は、もっと長期的な視点
かつ広い視野で、自分の仕事の社会的意義を
見出せるように、指導していくべきなのだ。

(次回につづく。)

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2004年09月15日

若手社員が仕事に対して目的意識を持てない本当の理由

これは年齢に限ったことではないが、
若手社員が、仕事へのやりがい、充実感を
見失いやすい本当の理由は、目的意識の欠如である。

やりがい、自己重要感、達成感の前提には、
必ず、大いなる目標が無ければならない。

目標があり、その目標への執着が、
目的意識を育てる。

普通に親の言うことを良く聞いて、
すんなり大学にも合格し、好成績をおさめ、
就職試験も無難にパスした学生たちの多くは、
常に、一段上に上ることを目標としてきた。
つまり、小学生の頃は、良い中学に入ることを。
そして、中学生のころは、良い高校に入ることを。
そしてもちろん、高校生のころは、良い大学に入ることを目指し、
すべての大学生は、良い会社に就職することを目指してきた。

少なくとも、義務教育の時点では、
まだ、長期的な視点を求めるのは酷である。
もっとも、人生経験の少ない子供に、
将来を予測することなど不可能であるし、
歴史や社会的概念、常識すら身に付いていない状態で、
どうやって、自己の目標が設定できるのというのか?

にも関わらず、小学生の頃、必ずと言っていいほど、
作文や卒業文集、寄せ書きに「将来の夢は?」
という項目があった。

余談だが、イチローは小学生の時、すでに、
一流のプロ野球選手になるという目標を
明確に設定し、書いていたという。

だが、イチローほどの天才かつ、家庭環境で育てられた
子供ならまだしも、ごく平均的(一般的)な子供に、
そこまで強烈な目的意識を求めることは不可能に近い。

でも、それでも教育者は、子供たちに
「将来の夢は?」
「将来の夢は?」
「将来の夢は?」
「将来の夢は?」
「将来の夢は?」
と、連呼しつづけてきた。

その結果、子供たちはどうなったか?
自ら、将来が見えないことに混乱し、
自分の目標が設定できないことに対して
嫌悪感を覚える。

そして、当り障りの無い、無難な答えを導き出したのだ。
『良い大学に入って、良い会社に入る』

しかし、忘れてはならないのは、
進学も、就職も、本来ならば、
それは手段であり、目的ではない。

なぜなら、就職が目的なら、
入社試験に合格した時点で、あなたの人生の
目的は達成されているはずだからだ。

だが、実際は違う。
入社してからも、自己実現欲求が満たされないことに悩み、
多くの社員が、迷っている。
「俺、このままでいいのか?」という反面、
「今の生活も、それほど悪くは無い」と思っている自己矛盾。

会社での仕事は、完全にルーチンワーク。
特に、若手社員に求められる仕事は、重要度よりも緊急度が
優先される仕事である。

「明日までに、会議用の資料を作ってくれ」
「今月末までに、あと2件、契約を取ってきてくれ」

忘れてはならないのは、あらゆる仕事について、
それを「重要度」と「緊急度」という、2つの視点で
分析しなければならないということだ。

例えば、
「明日まで、会議用の資料を作る」
は、緊急度は高いが、重要度は低い。
なぜなら、長期的な目で見たら、たとえ
その会議の資料が未完成だったとしても、
会社の業績が悪化するほどのダメージは受けない。

それに対して
「あと5年以内に、介護ビジネス分野への参入を図る」
というような業務の場合、緊急度は低い。
その仕事が、明日までまったく進まなかったとしても
飢え死にはしないだろう。

しかし、5年後、あるいは10年後という
長期的な視点で見たときに、
もし、これから伸びるであろう市場への参入に
遅れをとってしまったら、それは、企業としては
致命的なダメージを受けることになる。

そして、このような長期的な視点を必要とした仕事は、
若手社員に割り振られることは無い。
だから、若手社員の仕事は、重要度よりも緊急度が
高い仕事が優先される傾向になる。

となると、若手社員の長期的な視点は、
自然に失われていくことになり、
結果として、若手社員本人が、長期的な視点での目標、
例えば、
「5年以内に○○と××の資格を取る」
「10年後、△△の分野で独立する」
のような目標を、考えることが出来なくなってしまう。

それが長期間続くと、例えば、
入社5年目の若手中堅社員でさえ、
アルバイト的な発想でしか、日々の業務がこなせない、
ということも起こりうる。

どんな仕事でも、長期的な視野で観察した場合、
そこから必ず、学びがあるはずなのだ。
それに気付くか? 気付かないか?
は、仕事の内容云々ではなく、本人がどこを見ているか?
次第なのである。

よく、若い部下に対して
「目的意識を持って、日々の仕事に取り組め」
と説教している上司がいるが、そもそも、
その原因は、若手社員に「緊急度の高い仕事ばかりやらせている」
ということが影響しているという事実を、忘れてはならない。

(次回につづく。)

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2004年09月13日

何のために働くのか?

社員が「お金のため」という価値観の元に
入社している会社の場合、
入社後、次第に社員のモチベーションが下がっていくことは
避けられない。

もちろん、多くのサラリーマンは、
給料の額だけでなく、その会社の社風とか、
業務内容も慎重に吟味した上で、
その会社を選んでいる。

しかし、残念なことに、大手企業、上場企業の場合、
その会社のブランド力、つまり
「その会社に勤めている自分が、
周りから『かっこいい』と思われるかどうか?」
という価値基準で選んでいるケースが非常に多い。
もちろん、学生時代の私自身も、例外ではなかった。

その会社がもっているイメージ、ブランド。
だが、そのような表面的なことで判断する学生を
責めることは出来ない。

なぜなら、まだ20代前半の学生に、
会社の本質とか、仕事の意義とか、
深いところまで考慮した上で、会社を選ぶことなんて
不可能に近い。もし、学生時代から、
そこまで深い視野や考え方を持っているとしたら、
たぶん、その学生は、自分でビジネスを立ち上げているに違いない。

つまり、大手企業において、多くの社員は、
その会社の本質的な部分を知らないまま入社している。

ここで言う「本質的な部分」とは、「イズム」。
つまり、その会社の経営者が、何を考え、
どのような社会的理念を持っているか?
そして、どのような方向性を持ち、
長期的な視野で見たときに、どこに進もうとしているのか?
そして、その背景には、どのような「思い」があるのか?

そのような「本質」を知るためには、
その会社の経営者について、徹底的に調べなければならない。
経営者が本を執筆している場合は、それを熟読すべきだし、
講演会やセミナーを開いている場合は、それに参加して
話しを聞くべきだ。

しかし、多くの学生は、その就職活動において、
「いかにして面接をパスするか?」というテクニック重視に
走る傾向があるし、学校側も、そのように教えている。

だから、社長の考え方なんて、どうでもいい。
うかりさえすれば。

となると、入社後、いろんな面で不満が出てくるのは目に見えている。
最初のうちはいい。だが、考え方の違い、価値観の違い、居心地の悪さ、
など、精神面での不満が蓄積され、それが、給料への不満とか、
上司への不満、職場環境への不満などに転化されるのだ。

そもそも、自分の会社の経営者のことを尊敬した上で
会社に入社する若手社員が、どの程度いるというのか?

中小企業やベンチャーの場合、経営者と社員が近い距離にいるから、
お互いの考え方や意見を、理解する機会も多い。
しかし、従業員が数千〜数万人を越えるような大企業の場合、
もはや、経営者のイズムを、社員一人ひとり、
ましてや、これから入社してくるであろう学生に伝えるのは
極めて困難であることは間違い無い。

となると、これからの大企業は、
就職を希望する学生に対して、
どのような切り口で求人をすれば、
上手くいくのだろうか?

これまでのように、ただ単に、スケールメリットを
強調したり、ブランドイメージを誇張したり、
福利厚生面での充実化を訴えても、
これからの学生は、昔ほど反応しないだろうし、
ましてや、給料の高さだけで人が集まるような時代ではない。
なぜなら、学生の価値観は既に「お金」より「やりがい」
にシフトしているからである。

では、どのようにして、その社内での
「やりがい」をアピールしていけばいいのか?

その切り口の1つとして、
「その会社での業務を通じて、何を学べるか?」
を、学生に対して、明確に分かりやすく説明する、
という考え方がある。

与えられた業務を通じて、給料だけでなく、
具体的には、どのようなスキルアップ、キャリアアップが
図れるのか?
そして、そのスキルは、長期的な目で見て、
10年後、20年後、本人にとって、
どのような役に立つのか?

これを明確に提示するということは、
少なくとも、「配属先は入社後に決まる」
なんて、馬鹿げた発想は無くなる。
そんなことをいつまでも続けていたら、
「配属先なんてどこでもいいから、
とりあえず入社したい」
という、ビジョンの無い学生が集まるだけだ。

それはつまり、その業務を通じて、
何を学べるか? よりも、
「その会社の社員である」というブランド力を
手に入れることを重視しているということに他ならない。

ブランド力の無い会社、つまり
中小零細企業やベンチャーの場合、
そこに入社してくる学生には、
明確な目標があるはず。
ブランドを求めない、純粋な精神。

しかし、既にブランドを持ってしまった大企業には、
そのような社員が集まるのだろうか?
これからは、学生側も、企業側も、
就職/求人の切り口、つまりメリットの訴求ポイントを
時代の変化に合わせて、変えていかなければならない。

あるベンチャーの社長が、次のようなことを言っていた。

------------------------------------------
本当にやる気のある社員を集めたければ、
給料を安くする。その代わり、たくさんのことを教える。
------------------------------------------


給料の額よりも、自己のスキルアップを重視する人材。
そのほうが、社内の知識を貪欲に吸収しようとするから、
成長も早いし、会社への貢献度も高いのだと言う。

あなたが経営者なら、
・給料の額を重視する社員
・技術&スキルアップを重視する社員
の、どちらを雇いたいだろうか?


(次回につづく。)

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2004年09月10日

仕事における「やりがい」とは何か?

大学生への就職アンケートで、
「どんな仕事に就きたいですか?」
という質問に対する答えとして、
必ず
『やりがいのある仕事』
という答えが返ってくるという。

ここで言う「やいがい」について、
学生たちは、どのように考えているのか?

心理学的な観点で言えば、「やりがい」とは
『自己重要感』であるという。

つまり、会社にとって、
自分がどれだけ必要とされるか?
重要人物とされるか?
が、自己重要感を高め、それを「やりがいがある」
と解釈するという。

しかし、残念なことに、入社してすぐの新人が、
いきなり重要な責任のある仕事を任されるはずは無く、
最初は、資料を読んだり、雑用をしたり、
教育を受けたりするのが、現実の世界だ。

となると、入社してすぐ
「自己重要感が満たされないこと」つまり
「やりがい」を感じられないという理由で
会社を辞める若手社員は、ある意味、
この「自己重要感」に対する意欲が、
人一倍強いのだとも解釈できる。

だが、大企業であればあるほど、
その巨大組織の中で、自己重要度は、
どんどん薄くなる傾向がある。

社員30人の中小企業にしてみれば、
たとえヒヨヒヨの新入社員であろうとも、
会社の中では「30分の1」であり、
それなりに、重要なポジションと言える。

しかし、従業員数千人規模の大手企業の場合、
どうだろうか?
同期の新入社員だけで、60名から100名の
人員が存在する。
つまり、同期の中ですら「60分の1」の存在でしかなく、
全社的に見れば、数千分の一に過ぎない存在。

そのような環境の中で、どうやって、
自己重要感が満たされると言うのだろうか?

つまり、多くの学生は、

・やりがいのある仕事がしたい

という反面

・安定した大手企業に入りたい

という意識も持っている。
この2つの意識は、一見すると、相反する考え方なのである。

自己重要感を高めたいのならば、
社員数が少ない会社に入る方が、
物理的に、自分の重要度は高くなる。
人員としての希少価値があるからだ。

しかし「やりがいのある仕事」を
「ビッグな仕事、巨大なプロジェクト」
と解釈している学生もしくは、若手社員の場合、
『大手有名企業に就職しなければ、
やりがいのある仕事はできない』と思っている。
そこに、大きな落とし穴がある。

プロジェクトが巨大になればなるほど、
その内部の業務は細分化され、システマチックになる。
ルールは詳細に決められ、すべての作業は、
マニュアルに従い実施することになる。

なぜなら、巨大プロジェクトには、
数百人規模の大勢の人員が関わることになり、
それらすべての人員を指揮統率する管理者からすれば、
もう、マニュアル化して、それに忠実に従わせるしか、
組織を動かす手段は、残されていないからだ。

事実、現在私がSEとして関わっているWEB開発プロジェクトも、
規模としては100人越体制、予算は億を越える。
しかし、エンジニア一人が担当できる機能は、
プロジェクト全体の数パーセントに過ぎない。

組織やプロジェクトが大きくなればなるほど、
そこに所属する人間一人が担当する業務は細分化され、
システマチックに管理される。
そのような現実を目の当たりにしたとき、
「やりがいのある仕事」を夢見ていた若手社員は
どう思うか?

『組織の歯車みたいな仕事はしたくない。
もっとやりがいのある仕事がしたい。』

大企業に入って、巨大プロジェクトに携われば、
やりがいや自己重要感が満たされると思っていたが、
実は、そうではなかったという現実。
それに嫌気が差し、辞めていく若手社員たち。

そして、大企業を去った若手社員は、
中小企業に転職する。
「社員が少ない分、自分にも重要な仕事が回ってくるに
違いない。だから、やりがいが感じられるはずだ!」
という幻想を抱いて。

しかし、中小企業のプロジェクトは、大手企業のそれに
比べたら、予算も圧倒的に少ない。
もしくは、大手企業のプロジェクトの一部を
請負で受注するか、アウトソーシング的に参入している
ようなケースの場合、本質的には、
大企業にいたころと、何ら変わりないという事実に気付く。

この矛盾、悪循環に気付かなければ、
本当の意味での「やりがい」を感じることは不可能。

最終的に「自己重要感」とは、
与えられた仕事への取り組み方、姿勢、
つまり、その本人の考え方次第で決まるものなのである。

(次回につづく。)

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2004年09月08日

成果主義の導入が、週末起業を促進する

中途半端な成果主義の導入が、
若手社員を週末起業や副業へと
走らせるための起爆剤になることは、
まず間違い無い。

なぜなら、社員一人ひとりが
「成果とは何か? 本当の実力とは何か?」
を真剣に考え出し、自らに問い掛けるようになるからだ。

もちろん、学生時代に「従順な社員である術(すべ)」
を教えられた、優等生真面目社員たちも、最初は困惑し、

『成果って、何なんですか?』
『具体的に、どうすれば、評価されるんですか?』

と、上司に対して、必死に答えを求めようとするだろう。
それはまるで、学校の先生に
『この問題は、試験に出ますか?』
と、必死になって、尋ねるかのように。

しかし、残念ながら、その答えが返ってくることは、
永遠に無い。

その理由は、そもそも、若手社員にとっての直属の上司、
つまり、管理職(評価する側)の人たちは、経験的に
「成果とは何か?」を、語ることができないからである。
なぜなら、彼ら自身が「成果主義」を体験してこなかったから。

過去に、外資系など、本物の下克上&実力主義の中で、
10年以上生き抜いてきた上司なら、
「本当の成果とは何か?」を、自らの実体験を通して、
語ることができるし、部下に理解させることができるだろう。

しかし、現在の大企業の管理職の中で、
入社後、そのような過酷な20年間を過ごしてきた人が、
どれだけいるというのだろうか?

今まで、年功序列や、バブルの波に乗って、
エスカレーターで上がってきた人たちに
『成果って何ですか?』と聞いても、
彼らは、自らの過去の経験からしか、語ることができない。
つまり、

「真面目にやっていれば、自然に給料は上がるよ。」
「上司の言うことをきちんと聞いていれば、大丈夫だよ。」
「毎朝、遅刻せず、挨拶をきちんとすれば、評価されるよ。」

のように、精神論もしくは、一般論しか、
語ることができない。

もちろん、それは責めるべきことではない。
だれでも、自分が育ってきた環境の中で得た体験からしか、
何事も、語ることはできないのだから。

一方、本当の成果とは何か? を悟り、
それを実行するだけの実行力がある人は、
独立している可能性が高い。
だから、もう社内には存在しない。

それに対して、社内に残っている人は、サラリーマンとしては
成功してきたと言える。実際に、出世して、
今のポジションを手に入れているのだから。
それはそれで、成功なのである。

しかし、会社から

「もう、今までのやり方ではダメだ。
これからは成果主義だ!」

という「変化」を求められている今、
変わらなければならない、という雰囲気には、
誰もが気付いている。今までの方法はもう、通用しない、と。

でも、若手社員には、
「具体的に、どうすればいいのか?」
が、理解できないし、上司に聞いても、教えてくれない。

だとすれば、自ら考えるようになる。
考えるしか無くなるのだ。

そして、次のような思考ステップを踏む。
----------------------------------

成果って何?
本当の実力って何?

資格を取ること?
上司に気に入られること?

そもそも、会社って何?
利益を追求するのが、会社の目的?

だとしたら、結局、
「いくら稼ぐか?」が、全てなんじゃないの?
稼げる金額の大きさが、実力の大きさなんじゃないの?

----------------------------------

このような思考の結果、最終的には、

「自分には、いくら稼ぐ力があるのか?」

の答えを求めようとする。
そして、その答えは、会社に聞いても、上司に聞いても、
分からないということを悟る。

だからこそ、チャレンジする。
意識を社外に向け、自分の実力を試したくなるのだ。
若手社員は、会社から評価されることよりも、
世間から評価されることを望むようになる。

それこそが、本当の成果主義だと、気付くのだ。

そして、その事実に気付いた部下は、
もう「成果主義とは何か?」という答えを、
上司や会社に求めることは、しなくなる。

もし、あなたの周りに、
「あいつ、最近、急に大人しくなったな。」
という若手の部下がいたら、要注意だ。

なぜなら、彼は、悟りを開いた可能性があるからだ。
今まで、上司や会社を説得するために使っていたエネルギーを、
社外(副業や週末起業)に放出する。

そうなると、もはや、成果評価面談など、
まったく意味をなさなくなる。

そもそも、評価されることを求めていない社員と
「成果とは何か?」が分かっていない上司が、
形だけの評価面談をして、何の意味があるというのか?

一方、評価する側(管理職)から見れば、
自分が下した評価(ランク A,B,C)に対して、
部下が文句を言わなくなるのだから、
こんなに楽なことは無い、と思うだろう。
下手に食って掛かる部下より、よほど扱いやすい。

しかし、一見すると、そのような「諦めムード」
の若手社員でも、もし「悟り」を開いている場合、
内に秘めている野望は、計り知れないのである。

そのエネルギーが、社外に放出されれば、
日本の景気は良くなるかもしれない。
だから、日本経済全体で見れば、大変良いことである。

ただ、会社にとってみれば、
それだけのエネルギーを秘めている社員から
ある日突然「辞めます」と言われて、嬉しいだろうか?

上司から見て、何の不満も無さそうな、大人しい社員ほど、
実は、内面には、燃え上がる野望を抱いている可能性が
あるということを、忘れてはならない。

(次回につづく。)

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2004年09月06日

成果主義が失敗する本当の理由


大手企業が、足並みを揃えたかのごとく、
2000年代に入って、積極的に成果主義を
導入し始めたのは、以下の2つの理由が考えられる。

1.成果主義という名の、単なる人件費削減

2.従来のやり方「年功序列」では、対応できない
ビジネスモデルになっているという変化への気付き


まず、前者は論外だが、それに気付いた若手社員
もしくは、中間管理職でも、優秀な人材または、
特別なスキルや資格を持っている人たちは、
新しい道を探し始める。

そして後者。確かに、「変わること」の必要性を
感じている企業は多いだろう。しかし、単に制度だけを
導入しても、新しいビジネスモデルに対応することは
できない。

時代や価値観の変化に伴い、1つのビジネスの寿命は
どんどん短くなっている。
戦後〜高度経済成長〜バブル
の時期には、インフラ整備や、家電、車など、
多くの家庭が必要としていた物質的な価値観が明確だった。

しかし、今後は人口も減り、少子化。
モノもオフィスビルも余っている時代。
物質的な価値観から、精神的な価値観に変化しているといえ、
まだ過渡期のため、まだ先行きが不透明。

こうなると、1つのビジネスの規模、
そして1つのビジネスモデルは、より細分化され、
小さな単位、小さな予算で動かざるを得なくなる。

どうせ何が当たるか分からないのだから、
まずは、やってみて、上手くいきそうなら、
少しずつ、市場を拡大していけばいい。
そして、停滞してきたら、迷わず撤退する。

このような、フットワークの軽さが、
今後のビジネスに求められる手法。

そうなると、今後、本当に必要な「変化」とは、
制度の変化ではなく、規模、人事体系、予算配分
についての「手法の変化」であるはず。

極端な例で言えば、20代の若手社員だけで、
新しい市場を開拓させる。1チームは5名程度。
予算は数百万円から始まり、独立採算制にする。
それぐらいの荒療治が必要。

もちろん、それに付いていけない社員が大半だろう。
なぜなら、もしそんなベンチャースピリットを
持っている若者がいたら、とっくに会社を辞めているはず
だからだ。
しかし、本当の成果主義とは、そういうことなのではないか?
社員一人ひとりに、徹底的なコスト意識、そして「儲ける」という
執念を植え付けなければ、馴れ合いの成果主義が蔓延する。

だが、太りすぎた大企業が、いきなりフットワークを
軽くすることは不可能。
つまり、変われない。
だから、海外から借りてきた成果主義をそのまま取り入れる。
とりあえず、制度だけを取り入れたら、変わるんじゃないか?
という、幻想を抱いて。

究極的に言えば、成果とは「いくら儲けたか?」である。
一日10時間働いて、1万円稼ぐより、
一日10分働いて、1万円稼ぐほうが美しい。
「楽して儲ける」ということへの罪悪感を拭い去ることができるか?
これまで、年功序列&生活残業で生きてきた社員には、
なかなか、難しい課題である。

さらにやっかいなことに、多くのサラリーマンは、
「指示された仕事のやり方」は教わるが、
「自分でゼロから金を儲ける方法」については、
まったく教わっていない。学校でも、会社でも。

コスト意識を育てる根源は「自分でゼロから金を稼ぐ」という意欲。
そういう意味では、最近の週末起業、副業ブームは、
日本経済を回復させる起爆剤になるに違いない。

副業、週末起業を経験した社員は、本業では身に付かない
「コスト意識」や「どうすれば儲かるか」という考え方を
鍛えることができる。そのような社員が増えれば、
本業にも、そのスキルが生きてくるはずなのだ。

本当の意味での成果主義を浸透させたければ、
制度を変える前に、まずは、社員一人ひとりの
考え方、視点、価値観を変えなければならない。

そのための教育を推進している会社が、
はたして、どの程度あるだろうか?

そんな中、社内の新陳代謝を良くするために、
独立を推奨している会社もある。
「35過ぎたら、自立してね。」
という考え方。
最初から、このような価値観が社内に存在していれば、
入社してくる若手社員も、会社に依存する考え方から
「自分で稼ぐ」という考え方に、徐々にシフトするはずだ。
そのような価値観が土台となってこそ、本当の成果とは何か?
を、社員一人ひとりが認識するようになる。
そこで初めて、成果主義制度の導入が、効果を発揮するのであって、
価値観の改革、統一無しに、制度の導入は有り得ないのである。

(次回につづく。)

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2004年09月03日

成果主義が成長するために欠かせないプロセス

本当の成果主義を完成させるために、
欠かせないプロセスがある。

それは「組織の細分化」である。
なぜなら、組織を細分化しなければ、
評価者(管理者)が、評価される側(部下)
の作業内容、作業レベル、作業難易度を把握できないからである。

適切な評価が下される前提条件としては、
「評価する側が、評価される側の仕事を把握している」
という条件が必須になる。

つまり、組織が大きすぎると、
部下の細部にまで目が行き届かなくなる。
大企業においては、そのような「遠いところに居る上司」
が、とんちんかんな成果評価システムを構築し、
若手社員のモチベーションを下げているという、
悲惨な状態が続いている。

だからこそ、組織の細分化が必要なのだが、
そのためには、すべての管理者(チーム責任者)が
「アウトソーシングしている」という視点を持ち、
チームを運営していかなければならない。

仮に、自分が経営者または自営業者だとして、
業務プロセスの一部を、外部にアウトソーシングする場合
を考えてみると、どうなるか?

例えば、発送作業や集金作業。そのような単純作業の場合、
仕事の発注者(つまり経営者自身)は、
その仕事の流れを完璧に把握しているはずである。

つまり「自分でやろうと思えばできるが、
忙しいから、他人に任せる」という考え方が前提になる。

この場合、「その仕事を自分一人でやると、
どれくらいの時間がかかるか?」
が明確に定義できるので、その時間に、
自分の時給を掛け算すれば、
自分でやったほうが得か? アウトソーシングしたほうが得か?
を、明確に判断することが可能なのである。

そして、それを基準に、アウトソーシングのコストを
計算するから、高いか? 安いか?
つまり、アウトソーシング先の業者の料金が、
他者と比べても妥当なのかどうか?
を、把握できるから、無駄が無い。

このように、自分の身銭を切って人を雇う場合、
そのコストが妥当であるかどうか?
を、必死になって考える。これは、経営者としての常識だ。

しかし、大企業の管理職の場合、どうだろうか?
少なくとも、自分に割り当てられた部下を、
どのように使おうが、対して自分の給料に影響は無い。

つまり、部下を使う人件費に対して、
管理者である自分自身が、痛手を受けないのだから、
「真剣に使い倒してやろう!」という意識が芽生えない。

ここで、「使い倒す」という表現を、誤解しないでいただきたいのだが、
ただ単に、やみくもに、働かせる! こき使う!
という意味ではない。

どうすれば、もっとも少ないエネルギーで、
もっとも大きな効果を上げることができるか?

を追求し、有効活用する。
それこそが「使い倒す」という意味である。

これは、部下にとっても、ありがたいこと。
無駄な時間やエネルギーを使うことも無いから、
余計なストレスは溜まらないし、結果として、
会社の利益にもつながるのだから、みんなハッピーである。

しかし、管理職の人間の「部下の人件費に対するコスト意識」
が低いと、どうでもいいような作業に、部下が必死になっている
無謀な姿を、見逃したり、見過ごしたりする。

時には、管理者自身のエゴ(自分の立場の優位性を認めさせるため)
だけに、無駄な会議やミーティング、どうでもいい仕事を
強制的にやらせようとするケースも少なくない。

管理者だって人間なのだから、判断に間違いもある。
問題なのは、間違うこと自体ではなく、間違いを認めないこと。
確かに、間違いを認めたくないという気持ちは分かる。
上司としての威厳を保ちたい気持ちもわかる。

だが、一度振り上げたこぶしを下ろせないから、
という理由だけで、部下に無駄な仕事を続けさせるのは
いかがなものか?
その仕事が、長期的な目で見て、本当に会社の利益に
なっているかどうか?を 客観的に見つめなおせば、
管理者の心意気1つで、簡単に方向修正できることもある。

そのような柔軟な姿勢を見せないと、部下の考えは、
次のように固まってしまう。
『どうなっても知らない。言われたからやっただけ。』

これでは、組織が発展することは有り得ない。
そして、このような組織では、本当の意味での成果主義を
定着させることは不可能。

管理者そして、部下も含め、チーム内のすべてが、
チーム内の人員に対する人件費に対して、
もっと「自己の問題」として、積極的に受け止めるような仕組み。
このような仕組みを作っていくのが、本当の成果主義を育てるための、
土台作りになるのである。

(次回につづく。)

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2004年09月01日

成果主義は若手社員の暴走によって成長する

偽りの成果主義の実態に気付き、
忠誠心を無くした若手社員たちが、
個人主義に走る暴走は、もはや止められない。

従来のような「上司は無条件に偉い」という幻想は
もう、古きよき時代の考え方になってしまった。

これは、「子供に対して、父親の威厳が無くなった」
という現象にも似ている。

かつて、父親とは、絶対的な存在であった。
わたしは、1977年生まれだが、
私の父にとっての、父、つまり、
私から見て、祖父なのだが、
彼は「無条件の威厳」を保っていた。

私が小学校低学年の頃に死んだので、
そんなに強く記憶に残っているわけではないが、
あまり会話した記憶も無く、ただそこに座っているだけで、
威厳があったのだ。

そのような家庭環境で育った子供は、
自分より年上の上司に対して、
「父親に感じているような威厳」を、
無意識に感じていた。

だが、1970年代以降に生まれた若者たちは、
既に、父親もしくは学校の教師に対する
「無条件の威厳」のようなものは、感じていないのである。

そのような環境で育った若者が、社会人になっても、
会社での上司との関係において、威厳など感じるはずもない。
いつでも手のひらを返し、宣戦布告に対応する準備を
着々と進める、ずる賢い若者が増えている。私も含めて。

これは、単純に言えば、
「上司の言うことを聞かなくなる若手社員が増える」
ということを意味する。

「若い」というデメリットを逆手に取り、メリットに転化する。
つまり「自分はまだ若いっすから、いつ辞めても、
他にいくらでも働く口はありますし、生きていけますから。」
という強気な姿勢である。これは、40代を過ぎた管理職には
使えない奥の手である。

しかも、管理職ですら、自分の部下を簡単にクビにできる権限はもっていない。
逆に、自分の部下が辞めてしまったら「管理能力の無い上司」という
レッテルを貼られるという恐怖がある。

さて、このような現象が顕著になってきた場合、
管理職および会社の上層部は、どう対処すべきか?

これまでのように、根拠の無い威厳とか、脅しでは、
もはや、若手社員の暴走を止めることは不可能。

であれば、もう
「暴走したい奴は、勝手にやらせておけばいい」
という考え方にシフトせざるを得ない。

そこで、原点に返る。
そもそも、会社の第一の目的は「利益を出すこと」。
つまり、儲かれば、それでいい、という考え方。

そこには、同情とか、情けとか、そんなことは一切必要無い。
ようするに、
「その社員は、会社に対して、どれだけの利益を出したのか?」
という事実だけが、大切になってくる。

とすれば、
「暴走している社員でも、会社にとって利益を出しているならば、
その社員は優秀である」
ということを、認めざるを得ない。
逆に、一生懸命頑張っているように見え、上司の言うことにも
従順に従うが、実際、会社にしてみれば「赤字社員」である場合、
そんな社員は、もはや、クビを切られるしかなくなるのである。

そして、この仕組みを運用するためには、
すべての業務プロセスにおいて、その成果を
客観的に評価できる価値観、および評価基準を定めることが
大前提になる。

とすれば、社員の性格、行動、言動に関係無く、
社員Aは、いくらの売上を出した?
社員Bは、いくらの売上を出した?
というように、シビアで機械的な関係が出来上がる。

これこそが、本当の「成果主義」であり、
「利益」を追求する、真の姿である。

今はまだ、成果主義導入の過渡期なので、
半分は成果主義。半分は仲良し倶楽部
的な雰囲気が交じり合っている、マーブルチョコレートのような状態。

このような中途半端な状態から脱却するためには、
利益こそ全て!という、割り切った考え方にシフトしなければならない。

そうすれば、社員は自然と「利益を出すこと」 に集中することになり、
仕事の本質を理解するようになる。だから、無駄な作業が減る。
ようするに、これまで「上司のご機嫌取り」のために使っていた
精神力やエネルギーを、「会社にとっての利益追求」つまり「金儲け」
のために、思う存分、使えるようになるのだ。

このような業務体系になると、「稼げない社員」にとっては、
どんどん厳しい時代になる。
しかし「稼げない社員」を切ることこそが、
本当のリストラではないか?


若手社員の暴走を止めるために、
上層部は「利益を出せば文句は言わない。」という
強行手段で対処する。

そのためには「本当の利益とは何か?」を、
会社そして社員が、真剣に考えるようになり、
そこで、価値観が統一されてくるのだ。

つまり、若手社員の暴走は、
本当の意味での「成果主義」を作り出すためには、
欠かせない「スパイス」なのである。

(次回につづく。)

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