2005年04月20日

あらゆる現象は、自分が関与してきた結果である

制度への不満。ルールへの反発。
いつの時代も「自分が納得できない存在への抵抗」は
繰り返される。

最近、中国における反日デモの模様が多く放映されている。
あの映像を見て「日本の外交は、今まで何をやっていたんだ?」
という疑問を抱く人も多いだろう。
「仲良かったんじゃないの?」という驚き。

私は、歴史問題についてとやかく言うつもりは無いが、
ここで「日本と中国がもめているのは外務省だけの責任である」
という考え方には、少し疑問がある。

と言うのは、外務省がどのような交渉を行なってきたにせよ、
それらを監視し、また外交官を選ぶべき立場にあったのは
私たち国民だからだ。

ここであえて、このような大きな問題を取り上げたのは、
この視点を、社内での考え方にも活かしてほしいからである。

例えば、成果主義の問題。
「こんな評価制度には納得できない」と言って、会社を辞める人。
たしかに、不満があれば辞めればいいし、残るかどうかは本人の自由。
ただ、忘れてはならないのは「そのような会社を選んだのも自分である」
という事実。

なぜ、制度やルールに対して「自分たちもその制定に
関わってきた」という感覚がもてないのだろうか?
直接的、間接的にも、今の状況を生み出しているのは、
少なからず「自分の判断や選択」が影響しているはずなのである。

国の責任。会社の責任。
このような責任転嫁的な考え方に浸りたい時は
誰にでもあるだろう。
「自分は悪くない」という考え方。

たしかに、一時的な感情の不満を解消するためには
有効な考え方かもしれない。
だが、それで長期的な問題が解決するかと言えば、
必ずしもそうとは言い切れない。

歴史というものは、長い年月をかけて蓄積されてきたもの。
それは企業文化においても同じ。
創業年数の長い会社ほど、その制度やルールが
創り上げられるまでには、長い時間を要した。

就職の場合「すでに出来上がっている制度に納得して入社する」
というのが前提なのであるが、いつの間にか、会社の風土に
慣れてしまうと、少しずつ不満が出てくるようになる。
そして、納得して入ったにも関わらず「この会社の制度はおかしい」
などと文句を言い出すのだ。

たしかに、入社時に提示された条件と大きく実態が異なる場合などは、
法律的な解釈も含めて、きちんと白黒をつけるべきときもあるだろう。
だが、単に「社員自信の欲望が入社時よりエスカレートしているだけ」
の場合、それは会社側の責任ではなく、本人が何とかすべき問題。

人は、原則として、産まれた時に国籍が決まっている。
だから国を選ぶことは難しい。しかし、会社を選ぶこと、
仕事を選ぶことならできる。
つまり、会社の制度が気に入らなければ、他の選択肢を選ぶことは
許されているわけだ。

それでも、その会社から抜け出せないのは、
やはり何らかの魅力を感じているからに他ならない。
口では「嫌いだ」といいながらも、本当は好きなのである。

認めることより、不平不満を言うことの方が簡単だ。
だが、それでは自分の感情を一時的に発散することしかできない。
本当に大切なことは「その現状に対して、自分がどのように
関与していけるのか?」を見きわめることだけである。
抜けるもよし、認めるもよし、自ら「制度を変える努力をする」もよし。
何らかの行動を起こすこと。それが出来ない人間は、
一生「不平不満を言いつづける人生」で終わるのである。

(次回につづく。)

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