サラリーマンと経営者の、大きな違い。
それは、年収や精神力だけではない。
考え方、視点が違う。つまり、世の中の見え方が違う。
本当の意味で「経営者」になるというのは、どういうことか?
それは「経営者としての視点」を身に付けることである。
経営とは何か? という考え方を、しっかりと確立しておかなければ
ならない。ただ法人を設立して「肩書きだけの経営者」を名乗っても
意味はない。
金融業界の大御所、木村剛氏は、次のように語る。
「お金を貰いながら仕事をする人(サラリーマン)と、
お金を払いながら仕事をする人(経営者)との間には
越えられない一線がある。」
誰だって、ビジネスに「自分の身銭」がかかっているとすれば、
必死になって、それを取り戻そうとするだろう。
投資に見合うだけのリターンを期待する。
ところが、サラリーマンと経営者では、
お金に関して言えば、必ずしも利害が一致しない場合があるのだ。
例えば、残業代。
「生活残業」という言葉があるが、
サラリーマンは「残業をすれば残業代が儲かる」
という常識があるから、それによって、ある意味「小遣い稼ぎ」
が可能だ。そして、残業手当は、時給換算すると、
通常の時給よりも高くなる。だからおいしい。
しかし、経営者の立場で考えると、どうか?
社員の残業が増えれば、当然、人件費が余計にかかるわけだから、
経営を圧迫する。ただでさえ、社員の給料が払えるかどうか
毎月不安を感じている経営者にとって、残業代は頭の痛い問題だろう。
もちろん、残業行為が会社に利益を与えていれば問題は無い。
だが、事実上は「定時間内の効率の悪さを補っているだけ」かもしれない。
そうなると、やはり経営者にしてみれば、定時間内に効率良く
仕事を終わらせて欲しいと思うはず。
その時点で、サラリーマンと経営者の利害は一致しない。
それが「お金を貰う側」と「払う側」の違い。
では、サラリーマンが経営者の視点で、
自分の勤務先を眺めてみると、どうなるか?
「今、自分が行なっている業務は、本当に会社に利益を
もたらしているか?」
「もしかしたら、単なる自己満足に終わっているかもしれない」
そのような自問自答を、日々の業務の中で自分で感じることができれば、
それは「経営者的視点が身に付き始めた証拠」でもある。
また「経営者の視点」とは、必ずしも、金銭的な意味だけを
示すものではない。「人生とは何か?」という哲学的な
意味も含んでいる。つまり「生きがい」である。
サラリーマンは、原則として、経営者から支持された方向に
進むための仕事をこなす。つまり「進み方、進む方法」は
実践できるが、進む方向は決められない。
一方、経営者の場合、進む方向は、完全に自由に、
自分で決めることができる。360度、どちらに進んでもいい。
自分が何をやりたいか? を100%、自分の責任で決めることができる。
その場合、方向を決めるための指標、よりどころは、
自分自身の中に求めるしかない。他人に求めることはできない。
ビジネスの方向性を他人に求めるのならば、それは経営者ではなく
サラリーマンという雇用形態で生きていくべきだろう。
つまり、自分が一人のビジネスマンとして、
どのような人生を歩みたいのか?
というのを、毎日、真剣に考えつづける。
それが「経営者の視点」なのである。
サラリーマンには、実際に「人生の方向性を決める」
という課題は、難しく感じるだろう。
もし、それを明確に決めるだけのナレッジと精神力、
先見性を持っているならば、その人はすでに独立しているはずだ。
だが、会社を辞めなくても「与えられた方向性を前提とした、
自分だけの新たな方向性」を見つけることは可能。
就職している以上、担当する仕事は「会社の経営方針」
に従う方向に進めなければならない。
しかし、その方向にありながら、自分自身で、
さらに細かい方向性を見出していくことはできる。
担当業務に自分の存在価値を感じられるかどうか?
それを真剣に考えることが「経営者の視点」を
身に付ける訓練になるのだ。
優秀な経営者になりたければ、優秀な「経営者の視点」を
身に付けなければならない。
そのために、まずは今与えられている方向性の中で、独自の
方向性を見出してみる。その姿勢でサラリーマンの仕事に
取り組めば、会社が今までとは違った見え方になってくるはずだ。
(次回につづく。)
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